1-4 謎ダンジョンの美少女スライム

「……はあ」


 旧寮のボロベッドは綿が抜けでこぼこしている。比較的マシな部分に寝転びながら、雨漏り染みの広がる天井を、俺は眺めていた。


「どうしよ、これから……」


 今朝ガチャダンジョンを得て、ここから学園生は一年をかけてダンジョン探索の実践授業に移る。今日はともかく自分のダンジョンに潜り、なんらかの戦利品を獲得して戻るのが、午後の授業だ。


 食堂でもらえる孤児枠のカビパンのみとはいえ、昼飯はもう終わった。俺もこれから自分のダンジョンに潜らないとならない。「N-」という、前代未聞のどハズレダンジョンに。


 レアリティーの低いダンジョンは、敵が強く、かつドロップ品も宝箱の報奨も渋い。初手から強いモンスターに当たるなら、勝てる気はしない。


 なんせ俺は金がない。冒険者装備は皆無。武器と言えば、学園のゴミ捨て場で拾った、刃の欠けた包丁だけ。鞘を自作し、河原の石で研いでなんとか使えるようにはした。だがそれでゴブリンやオークに勝てるとは思えない。ダンジョン内部で殺されれば、そのまま死。「冒険中死亡」とされ、王国戸籍からも抹消されてしまう。


「とはいえ、入らないわけにはいかない」


 課題をこなせなければ、落第放校だ。金さえあれば「寄付金」という名目の賄賂で復活できるが、俺には無理。


「どうせ死ぬなら、やるしかないか……」


 ベッドに起き直ると、前に手をかざした。ガチャ契約で俺のものとなったダンジョンの入り口が、虚空に現れる。望めばどこでも起動できるからな、自分のダンジョンは。


 入り口には普通に扉。黒光りしているから、金属製だと思う。扉の色は、レアリティー「闇」と連動しているのだろうか。曰く有りげな紋様が、表面に浮かび上がっている。


「生意気だわ、このダンジョン。ノーマル未満のどハズレのくせに、偉そうに紋様とか刻むなっての。あおってんのかよ」


 散々っぱらののしってやったが、やらないわけにはいかない。俺は覚悟を決めた。


「はあー……」


 深く息を吐くと、扉のノブに手を掛ける。手前に開くと、中は渦巻き模様の謎空間になっていた。ここからダンジョンに転送されるのだ。


「まあいいか。ヤバそうなら逃げ帰ろう。放校になっても、すぐ死ぬわけじゃない。たとえホームレスになったとしても、ダンジョンで瞬殺されるよりはマシだ」


 決意して俺は、一歩踏み出した。


         ●


「ここは……」


 気がつくと俺は、風渡る草原に立っていた。足首くらいの低い草が生い茂り、あちこちにきれいな花が咲いている。周囲になだらかな丘が続いていて、先の低地に小川が流れているのが見える。はるか先には険しい高山がそびえ立ち、頂上付近は冠雪していた。


 見渡す限り、無人だ。人間もモンスターも見えない。


 振り返ると、すぐ先は鬱蒼とした森林。草原は森に飲み込まれていた。優しく渡る風は森の香りを含み澄んでいて、深呼吸が気持ちいい。


「地下ダンジョンや屋内ダンジョンじゃないだけ、まだマシか……」


 真っ暗な洞窟ダンジョンとか、気が滅入るからな。そもそも俺は松明を買う金すらないから、暗闇から突然モンスターが襲ってくるかもしれないし。


 とはいえ、丘だってヤバい。なんせ俺の姿は遠くから丸見えだ。もしモンスターがポップしても、隠れようがない。見つけられたらタコ殴りで俺死亡――だ。


「とりあえず森に隠れるか。森と丘の境を、ずっと調べてみよう」


 俺の装備だとモンスター討伐は難しいだろうが、もしかしたら「太古の宝箱」的な奴が、大木のうろに隠されてるかもしれないしな。もうその手の幸運にすがるしか生き残る方法はない。情けないが、とりあえず学園からの放逐だけはなんとか避ける方向で動くしかないわ。


「あなた誰」


 まだ二、三歩しか歩いていないのに、背後から声を掛けられた。


「ヤバっ!」


 包丁を抜くと振り返る。――と、木陰から姿を現したのは、モンスターではなく、かわいい女の子だった。


 ……なんだ、モンスターじゃないのか。


 とりあえずほっとした。物騒な短剣(包丁だが)を鞘に戻すと、女子を観察した。


 俺より少し年下。十五歳くらいか。髪も服も青い。なんなら瞳も藍色だ。ぴったりした服が、大きな胸を包んでいる。というか、アイドルか、はたまた水属性の精霊か……と思えるほどかわいい。こんなん奇跡だろ。


 青髪の人間とか、見たことも聞いたこともない。ダンジョン内にはNPC的に人間やエルフが暮らすこともあるとはされている。多分、その類かな……。


「俺はエヴァンス。……君は」

「私はリアン。ここに暮らしてる」

「そうか……」


 周囲を見回した。とりあえずリアンの仲間はいないようだ。


「どこか近くに村でもあるのか」

「ううん。私はひとり」

「へえ……」


 どういう設定のダンジョンなんだろうな。……まあじっくりそのへんは調べればいいか。とりあえず今日は、探索を進めないとならない。なにか持ち帰らないと……。


「エヴァンスはどこから来たの」

「どこって……」


 どこまで明かすべきか悩んだ。とはいえいずれこのダンジョンでモンスター討伐しないとならないのも明白だ。なら今のうちに、仲間を増やしておきたい。リアンを戦闘パーティーに入れたらかわいそうだが、彼女の知り合いとかから、強そうな戦士なり魔道士なりをリクルートすればいいんだ。


「俺は外の世界から来た。冒険者だ。この世界を見て回りたい」

「へえ……外の世界」


 リアンは、空を見上げた。


「そんなのあるんだね。知らなかったー」


 とりあえず、俺に警戒心も敵意も感じてないようだな。良かったわ。


「リアンに聞きたいんだけど、この世界にもモンスターいるだろ」

「うん」


 あっさり頷く。


「ヤバい奴には会いたくないんだ。当面モンスターを避けながら、まずは人間とだけ出会いたい。協力してくれないかな」

「協力するのはいいけど、モンスターを避けるとか人間とだけってのは、無理だと思うよ」

「なんでよ。とりあえずこうしてリアンという人間と出会えたじゃないか」


 俺の言葉を聞くと、リアンはなぜか微笑んだ。


「だってこの世界、モンスターいっぱいだよ」


 両手を広げてみせる。


「それに……私だってモンスターだもん」

「は?」


 思わず、間抜けな声が出た。


「リアンはどう見ても人間だろ」


 それともマジで精霊とかなのかな。かわいいし。


「違うよ。人間じゃないよ。私はスライムだもん」

「ス……ライムだと……」


 いやスライムってのは、どのダンジョンでも低層に現れる、ぷるぷるした不定形の半透明モンスターと相場は決まっている。一番弱い奴。なのにこいつは、どう見ても人間だ。


「ちょっとごめんな」

「あっ……」


 リアンの手を取ってみた。普通に女の子だ。柔らかいし温かいし、いい匂いがする。


「エヴァンスの手って、ごつごつしてるんだね。そんな人、初めてだよ」


 手を取られたまま、にこにこしている。


「あっ……ごめん。思わず……」


 いかん俺、暴走しちまったか。


「でも、俺の知ってるスライムと違うじゃん。どういうことよ」

「本当だよ。ほら、これが証拠」


 胸を突き出した。


「な、なんだよ……」


 もしかして触れってのか。柔らかくてぼよんぼよんしてるから、スライムの証拠だって言いたいのかな。


 んな馬鹿な……とは思ったが、まさかな……。


「こ、こうか……」


 伸ばしかけた手はしかし、リアンの両手に優しく包まれた。


「触るんじゃないよ。……ほら」


 くすくす笑われた。


「ほら……エヴァンス、ここに名札があるでしょ」


 さらに胸を突き出す。


「へ……」


 よく見ると胸のところに小さな板が、ピンかなにかで留められている。


 なになに……。


――スライム♡リアン――


 マジかよ。たしかに名札っぽいじゃん……。


「この世界には、モンスターがいっぱいいるよ。でも全員、女の子。みんなケンカせずに、仲良くやっているんだよ」

「はあ?」


 なんだ、ここ……。俺……というより世界の誰もが知らなかった、謎ダンジョンじゃん。



●次話、「スライムのリアンとお散歩」。

リアンはなぜかエヴァンスに興味津々。ふたりは友達になり、これから毎日一緒にダンジョンを冒険することに。「友達になってくれたお礼」だと、リアンは謎アイテムをエヴァンスに渡し、友達と会わせてくれると誓う。そんなふたりを待っていたのは……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る