第257話 シンプルに考える

 蒼唯の貧弱な肉体では耐えきれない程に強化された魂。これに対処するための方法の内の1つ、探索者的な方法だけはリリスにも推測できた。

 それは、モンスターを倒し、普通にレベルアップにより肉体を強化していく方法である。

 一般的なやり方であるため、蒼唯とこの方法の相性が致命的に悪い点を無視すれば、何の問題も無さそうに思える。


「うーんです」

【蒼唯様がダンジョン探索に乗り気で無いのは重々承知ですが…前のように『悪魔化』するなど方法はあると思いますが】

「私がダンジョン探索をしたくないってのはあるですけど、それだけじゃなくてです」

【まく~?】


 しかしそれは、リリスたちの思い違いである。

 そもそもの話、普通の探索者の理屈を蒼唯に当て嵌めようとする事自体が間違いであると言える。

 スキルは使えば使うほど成長していくモノであり、その使用者が蒼唯となれば、成長スピードも凄まじく普通の『錬金術師』よりも遥かに成長している。それに加えて彼女には『錬金術』と『魂への干渉』を用いた自己強化方法や、今回のように擬似的な食トレを用いる方法もある。

 それに比べて、生産職『錬金術師』のレベルアップによる肉体の強化は微々たるモノである。勿論微々たるモノとは言え肉体も強化されるので、レベルアップをしていけば、現段階での崩壊は免れられのだが、延命措置にしかならないとも言える。


「それにレベルも無限に上がる訳じゃねーです。絶対に上限があるです。つまり『錬金術』の成長もそれに合わせざるを得ないです」

【なるほど】


 そういった理由から探索者的な方法は微妙である。


「だからといって今の肉体を完全に捨てて、『ぬいぐるみ』とかになるのは皆に怒られそうですし」

「ぬいぬい!」

【当たり前です】


 では、肉体を成長させるのではなく、肉体を変えるのはどうか。偽物を倒すためにテディベアになった蒼唯である。本人の倫理観的には問題ない。

 しかしそれは、他の人たちから見れば大問題であろう。『縫包もふもふ化』のような一時的な変身とは訳が違う。


「まくま~!」

「分かってるです」


 流石の蒼唯もそれは分かっているため、この方法は却下である。

 そうなると方法は1つしか残っていない。とは言え残りの1つは、蒼唯の偽物が実行したと思われる方法であり、あまり期待は出来ない。

 そのためリリスは一応と言う感じで蒼唯に質問する。


【では最後に残った、蒼唯様(偽)が使用した方法はどのようなものなのでしょうか?】

「『呪い』です」

【『呪い』ですか?】


 先程、偽物を食べたときにあった不純物。それは蒼唯がアイテム製作で頻繁に使う『呪い』と良く似たモノであった。


「そうです。デバフとか制限とか、まあ言い方は何でも良いですけど、魂を『呪い』で弱体化して崩壊を防いでいるです」

【『呪い』…ま、さか】


 『呪い』という言葉、そして喰われる前に蒼唯(偽)が発していた、可愛いを捨てる選択という言葉。これがリリスの中でカチっと嵌まる音が聞こえる気がした。


【可愛いモノを造れなくなる『呪い』、でしょうか?】

「じゃないかと思うです」


 冗談のような『呪い』であるが、対象が蒼唯であるならこれ程までに強力な『呪い』もない。


「可愛いは私の根幹ですから、それを造れなくなるって縛りはかなり強力な筈です」

【可愛い至上主義な蒼唯様がそのような選択を?】

「可愛いよりも『錬金術』の向上を選んだってことですね。理解はできんです」


 そう言い蒼唯は首を傾げるのであった。

 しかし蒼唯は根本的には優しい女の子である。蒼唯にしかどうにかならない状況下で、可愛いを捨てれば希望が見えるとしたらその選択をしてしまうかもとリリスは考える。

 つまりは、偽物のいた世界では、蒼唯がそうまでしなければならないほど状況が切迫しているという事でもあるが。


【それで、可愛いを捨てる『呪い』はやらないとしても、『呪い』という考え方自体は有りなのでしょうか?】

「何を捨てるかにもよるです」


 少なくとも可愛いを捨てた末路の悲惨さは目の当たりにしたのだ。この方法を選ぶとしても慎重に選ばなくてはならない。

 

【捨てる前提なのですね…】

「『呪い』って考えだと……引き算です。引き算、捨てるですか…」


 そう呟いた蒼唯は、俯いて考え込んでしまう。

 そんな蒼唯の様子に嫌な既視感を覚えるリリス。このまま考え込ませるとまた訳の分からないことを思い付くのではないかと思ったリリスは、捲し立てる、


【や、やはり捨てるって考えがネガティブ思考で良くないのてはないでしょうか? もっとシンプルに考えるべきです。ここはやはりスタンダードなレベルアップを軸に――】

「リリスの言う通りです!」


 が少し遅かったようである。

 突然、満面の笑みを浮かべ、リリスが有り合わせで捲し立てた言葉を何故か肯定する蒼唯を見たリリスは、

【あ、これは絶対に、意味分からないこと言い出すな】

と直感する。

 そしてその直感は的中する。


「難しく考えすぎたです! 問題は強化され過ぎた『錬金術』なんですから、肉体がとか可愛いがとか関係無かったです!」

【あ、あの、蒼唯様? 関係無くはないと思うのですが…】


 これまでの会話をバッサリと切り捨てる蒼唯にリリスが弱々しくツッコむが、蒼唯の勢いを止めることは出来ないのであった。


「捨てるなら『錬金術』を捨てれば良いです!」

【はぁ!?】

 



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