第255話 生えたお約束
自身の支配領域にいた筈なのに、気が付けば敵の目の前で身体が茸になっている。しかも自身を茸にした筈の敵側のボスはテディベアへと姿を変えている状況。
普通ならば現実逃避してもおかしくないが、芯が変質してしまっているが、腐っても蒼唯。ひと通り驚いた後に状況を理解するべく頭をフル回転させ思考を始める。
【ま、さかです。だからお前もテディベアに……頭おかしいですか?】
【……凄い。先程戦闘した際にも思いましたが、この蒼唯様の方がなんと言うか、その…常識的ですね】
「なんですリリス。私の『
【成功率50%……いえ何でもありません】
考えれば同じ蒼唯であるため答えには自ずとたどり着く。たどり着けてしまうからこそ、この世界の蒼唯の異端さに戦慄する。かつての私はこれ程までに狂っていたのかと謎の敗北感を覚える程に。
今回の作戦には、ダンジョンマスターの復活機能に使われている技術の応用が用いられていた。魂の情報をダンジョン核にインプットして、死亡した際に別の身体に魂を写し変えるあの機能の技術を。
ただ、普通ならば他者の魂の情報など分かりようがない。もし仮に、無抵抗で魂の解析に付き合うお人好しと『魂への干渉』を有する蒼唯がセットでいたとしても、そのお人好しの魂を解析しきるのは至難である。
しかし蒼唯と蒼唯(偽)の魂がほぼ同じという前提があれば話しは変わってくる。解析などという面倒をせず、蒼唯の魂の情報をそのまま核にぶちこめばそれで済むのだから。
問題なのは、その魂の情報を元に強制的な転生を実行すると、当然ながらオリジナルである蒼唯も対象になる点であった。しかし実行者である蒼唯には成功する確信があった。
「思い付けさえすれば楽なものです。まああり得ないですけど、私が茸になっても作戦的にはそこまで支障がないのも良いです」
それはそうかもしれない。テディベアに蒼唯(偽)が入ったとして、ぬいたちによって簡単に制圧されることだろう。ならばより茸の選択肢など不要だろうとリリスなどは思うのだが。
【……狂ってるです。私の魂が同質なモノって確認してるわけでも無い筈です】
「ぬいたちが確認してるです」
【それを馬鹿正直に信じたです? それに、ダンジョン核については未解明な点が多い筈です! それなのに自分の魂の情報を利用して、誤作動でも起こしてたら取り返しの付かないことに―――】
「信じたです」
ぬいとまっくよを信じ、自分の腕を信じた。
シンプルな回答に蒼唯(偽)は何も言えなくなる。
折角無抵抗な敵を手中に収めたのだから色々と情報を引き出すのが普通だが、この作戦はそういった面倒なことは止めて敵を倒そうであるため、それらは行わない。となるとやることは1つである。
「さてとです。そろそろお約束の時間です。誰が……」
「ぬ、ぬい!」
「まく~」
「そうですか。まあそうかもと思ってこのテディベアに『
茸を生やしたら美味しく食べる。蒼唯たちの間にあるお約束である。しかし、可愛いを失って以降はこういったとんでも展開から距離を置いていた蒼唯(偽)は、茸の身体になっているのにこのお約束を失念していた。
【ま、待つです!】
「です? そうです」
【私は……お前の未来の姿です。既に幾つかの分岐が分かれてるっぽいですが、それでも世界の今後やお前の未来について知ってる存在です】
「挨拶を忘れてたです。いただきます」
【…お前も知りたい筈です。私が何故、可愛いを失ったかとかです!】
「あ、」
そう蒼唯(偽)が言葉を発すると、蒼唯が動きを止めた。
【なぜ私がこうなったか、なぜ可愛いを捨てる選択をせざるを得なかったかです。それともです。『錬金術』をこれほど極めてるお前なら気づいているです? 実感してるです?】
蒼唯(偽)は好機とみたのか言葉を重ねるが、それに対して蒼唯はと言うと
「醤油…バターの方が良いです?」
何も話を聞いてはいない。どうすれば美味しく食べれるかを真剣に考えるのみであった。
【話を、話を聞けです! お前の未来の話です!】
「…面倒です。私はお前みたく選択を誤らないですから余計な世話です」
【選択を…なぜそう言いきれるです! 何も考えずに可愛いを選ぶからです? その結果が今の私だとしても同じことを言えるです!】
「言えるですね」
【なぜです!】
蒼唯に蒼唯(偽)の疑問を答える義理は無い。蒼唯としては、このままカプッと食べてしまって終わりにしたかったのだが、流石に可愛そうだとぬいたちが目で訴えてくる。
「私は何も考えずに可愛いを選ぶかもです。でも、可愛いを選んじゃ駄目な場面には、ちゃんと止めてくれるリリスがいるです。他の人たちは知らんですけど、お前がリリスを名前で呼んでない時点で、お前の話は聞く価値がねーです」
【な、です】
「じゃあ、いただくです」
確かに蒼唯は可愛いを最優先で進んできたが、それ以外の道もしっかりと進んでいる。ぬいやまっくよ、坪夫妻などの影響も勿論ある。しかし一番はリリスの功績が大きい。
そんなリリスを『夢魔姫』としか呼ばない蒼唯(偽)がする自分への忠告など聞く気が起きないというものである。
結果、蒼唯(偽)は何も無し得ないままこの世界から消え去ることとなるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます