第246話 全開で全壊

「良いこと思い付いたです!」


 思考の海に潜っていたリリスを現実に引き戻したのは、蒼唯のそんな一言であった。

 蒼唯が思う良いことは、リリスの胃に悪いことなので止めようとするが、一歩遅かった。


「まく~?」

「ぬいぬ?」

「相手が半壊なら此方は全壊です!」

【その発想は良くないと思いますよ!】

 

 どういう思考回路を辿ったらそういう結論になるのか。そもそもなぜそのアイディアが良いことだと思えるのかリリスには意味が分からない。


「そう…です?」

【そんな澄んだ目で見てこられても…と言いますか、蒼唯様の案はダンジョンを消失させて回るということですよね】

「端的に言えばそうです」

【それが良いアイディアだと】

「そうです」


 その反面、思考回路が蒼唯寄りなぬいとまっくよには、蒼唯の発言に特に驚くこともなく平然としていた。


「ぬいぬ」

「まくま~」

「ほら、ぬいたちも良い案だと思ってるです」

【それは、ダンジョンを消失させる=ダンジョン核を食べられるだからではありませんか! 見てくださいぬい様たち、よだれ垂らしてますよ!】


 平然としているように見えて、おやつを待つ犬猫の構えをしているだけだった。


 それは兎も角、蒼唯が思い付きを口に出してしまった状況で、蒼唯を心変わりさせるのは至難である。

 そのため、リリスがここから出来ることは、軌道修正を重ね被害を最小限度に防ぐことだけである。それを身に染みて分かっているリリスが、分かっていてもツッコミをしてしまうほど衝撃的な発言だったのだが。


【それで、なぜ全壊させようと?】

「敵と反対の事をやって反応を見たいです」

【反対ですか?】

「そうです。私たちと関係のある人類に有益なダンジョンを半壊させてる相手と反対に、私たちと無関係な人類に有害なダンジョンを全壊させて回るです」

【その行動を見た相手側の反応から相手の狙いを探るのですか】

「まく~」


 敵の正反対の行動をする。本当の最善は襲撃を事前に予知して対処することだろうが、敵の狙いが判然としない現状ではそれは難しい。

 対処できないのなら同ベクトルで正反対の事をという発想である。言う迄もなく危険思想である。


「それに、ぬいもまっくよも守るより、攻める方が得意です。此方が動いて相手に対処させる方が性に合ってる筈です」

【それはそうかとしれませんね】

「ぬいぬい!」


 ただ、相手の出方を待つという戦法は、奇想天外を押し付けることに長けているぬいたちの強みを消す事になる。

 それならば状況が悪化するリスクを抱えても、攻めた方が良いと蒼唯は考えた。敵の思惑が分からず攻められるのが怖いだけで、敵の正体が判明すれば状況が悪くともなんとかなると


「それにです」

【はい?】

「最近は、私の休業とか色々で『迷宮の壊し屋ダンジョンブレーカーズ』の活躍が見れてねーですからね。そろそろです」

「ぬいぬい!」

「まくま~!」


 此方が本音だろうなとリリスは思った。そう言えば、蒼唯たちが楽しみにしていた『食トレ』合宿は中途半端な所で抜けてきたと聞いている。

 その埋め合わせついでにダンジョンが消失していくとなるとダンジョンマスターの立場として堪らないモノがあるが、蒼唯だから仕方がない。


【…はぁー、それなら消滅させる迷宮は私が選定しますよ】

「勿論です。私たちが選ぶと手当たり次第になっちゃうですから」

【…早急に選定します】


 アクセル全開、ブレーキ全壊状態ではあるが、せめてもの救いはハンドルだけはリリスが辛うじて握っている事であった。



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