第232話 日傘

 弱りきっり、諦めてしまいそうになったリリスが、再起を誓った日から2週間ほど経過し、蒼唯の学校も春休み期間に突入していた。

 この2週間ほどで起きたホットな出来事と言えば、『ブルーアルケミスト』の一部営業再開と、それに伴ってか、久しく確認されていなかったぬいとまっくよがダンジョン探索をした際に残る痕跡とされている茸の寝具ですやすや眠るモンスターたちが観測され出した事であった。


「『ブルーアルケミスト』用に色々と造るの久しぶりで大変かと思ったですけど、特別会員向けの可愛い商品だけ造れば良いから、精神的に楽ですね」

【そうですか。それは良かったですね】

「ぬいたちも知り合いのダンジョンマスターがやってるダンジョン以外で探索が出来て喜んでるですし」

「ぬいぬい!」

「まく~」


 可愛いモノを造っていた所、変なイチャモンをつけてくる輩が発生し、それにより蒼唯が本気を出せばぬいやまっくよ以上の性能を誇ったモノを造れるのでは、つまりぬいたちは蒼唯の最高傑作では無いのではないかという風評被害を受けたた始まった『ブルーアルケミスト』の休業と、ぬいたちの目立つ範囲でのダンジョン探索の自粛。


 しかしリリスは考えたのだ。暇だからという理由で自身の身体に『縫包もふもふ化』を施してしまうような存在に十全な時間を与えるべきではないと。

 ただ、闇雲に時間を奪うのも逆効果である。蒼唯の趣味ではない、例えばポーション等の消耗品造りの仕事ばかり入れれば即座に爆発し、トンでもないアイテムを造り始めてしまうかもしれない。


 何事もやりすぎは良くないとリリスは学んだのだ。

 

【大切なのはバランスですね】

「何か言ったです?」

【いえ、何も】

「そうです? …にしてもです。今日から折角の合宿なのに、雨と風が凄いです」

「まく~」

【何でも台風が直撃していますからね】

「ぬいぬい」


 そんな程よく忙しい日々を過ごした蒼唯たちは、今日から『食トレ』合宿の予定であった。

 しかし外は大荒れ。雨と風でぐちゃぐちゃとなっているのが窓越しにも分かる程である。


【最寄りの駅に秀樹様が車で迎えに来てくれる手筈でしたが、この天気だとそこまで行くのも大変ではありませんか?】

「うーんです。折角の日に台風が来るとは空気の読めない…まあ自然現象に文句言っても仕方ないです」

「まく~?」

「そうですね…日傘さして歩いて駅までいくです」

「ぬいぬ!」

【ってまっくよ様もぬい様も納得しないでください。こんな雨風の中歩いくなんて…日傘ですか?】


 蒼唯の決定に潔く従うぬいたちを見て焦っていたリリスは、蒼唯の台詞に違和感を覚える。

 

「何かおかしいです?」

【こんな台風の中で日傘をさしても…】

「何言ってるです? 日傘をさすんだから当然天気は晴れです」

【えーと…あ、あぁ。なるほど。この話の噛み合わなさ、『日傘』とは概念装備ですか】

「え、そうですよ?」


 日傘は晴れの日にさすものであるから、逆説的に日傘をさしているのであれば、その日の天候は当然に晴れとなる。というワケ分からない理論を具現化したアイテム『完璧な日傘てるてるいらず』。

 そんな代物が会話の流れで唐突に登場することには、慣れる事ができないリリスであった。

 

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