第214話 まるでピクニックのように

 『知識の泉』、突如として出現したこのダンジョンによって現在、探索者業界全体に波紋が広がっていた。

 嘘か真かは定かではないし、そもそもダンジョン入口の石碑に書かれていたという、実に信憑性も薄い話ではある。

 それでもダンジョンを出現させるような高位の存在が、何でも質問に答えると言っていれば、質問してみたいと思うのが人の性であろう。


 そんな『知識の泉』は、その報酬に見合うだけの難易度を誇っていた。

 謎解き系ダンジョンであるとの情報が瞬時に拡散され、頭脳に自信のある探索者たちがこぞって集まったが結果は芳しくない。未だ序盤、中盤あたりの謎が解けずで右往左往している者たちばかりであった。

 

わんわんここだよ!」

「もう、こはく。そんなに慌ててると転ぶわよ」

わんわぉーんだいじょーぶ!」

「まあ、こはくもそんなにやわじゃないのは分かってるけど、ここは一応ダンジョンなんだし、前くらい見ようね」

くぅーんはーい


 そんな中、まるで散歩でもしているかのごとく、軽やかに歩いているパーティーがいた。坪夫妻とこはくである。

 

「それにしても綺麗な景色ね。それに空気も美味しいわ。やっぱりお弁当を持ってくれば良かったかしら?」

わんそう!」

「…ピクニックじゃないんだから」


 2人と1匹で楽しそうに会話をしながら歩いている様子を端から見れば、ここがダンジョンだとは思わない程のんびりとした雰囲気が漂っている。

 しかし、こんな会話をしながらも、こはくは、流れるように謎解きをしていく。


「そうかしら? こはくのお陰でピクニックよりも快適よ」

わっふんえっへん

「そうだとしても、何が起こるか分からないのがダンジョンだよ。蒼唯たちの話だとここは神が管理するダンジョンなんだから尚更」

「そんな神様のダンジョンの謎をすいすい解いちゃうなんて、流石はこはくね」

「わん!」

 

 蒼唯のアイテムを装備したことにより『名探偵』の力を得た結果、『知識の泉』の謎解きを簡単に解けているというのは確かにある。

 しかしコスプレ衣装『名探偵』をここまで使いこなしているのは、秀樹とのダンジョン探索によって鍛えられた地力あっての事である。

 もし別の誰かに、この衣装を渡した所でここまでの成果は挙げられなかっただろう。それほどまでにこはくと、こはく専用にオーバーメイドされた装備たちの相性は抜群なのであった。



 ダンジョンも終盤に差し掛かると、難解な謎が次から次へと出現してくるようになる。

 最初は調子良く解いていたこはくだが、徐々に手が足りなくなってくる。

 最終関門付近では遂に、こはく1匹では対処しきれなくなってしまう。謎が制限時間以内に解かれなかったためか、幾つかのギミックが作動する。突然現れたギミックは、こはくに迫ってくるのであった。


「わ、わんわん!」

「まずい!」

「秀樹さんはこはくを守って! 私は謎を!」

「…了解! 『不動』」

 

 こうなった場合に備えていたのが、秀樹と優梨花。秀樹は、迫り来るギミックとこはくの間に立ち、こはくを守る構えを見せる。

 本来、ダンジョンのギミックは個人で防げる類いの代物ではない。しかしそこは、『不落要塞』の異名を持つ秀樹である。超絶技で迫り来るギミックを受け流していく。


 そんな夫の頑張りを見ながら、優梨花はと言うと、悠長に調理器具を取り出していた。

 彼女の能力を知らない人から見れば意味不明な行動であるが、彼女の事を知り尽くしている秀樹とこはくは焦らなかった。

 

「『迷宮調理ダンジョンクッキング』発動…食材は『謎』『ダンジョンギミック』。料理名は『ダンジョン産ギミックに解かれた謎を添えて』かしら?」


 優梨花のジョブは『迷宮料理人』。本来は迷宮産の食材を使う料理人なのだが、別に迷宮自体を料理の対象に出来ないわけではない。

 何故やらないかと言えば、迷宮を調理したところで、秀樹やこはくは、食べられないからである。

 

 決して、この能力がとある『ぬいぐるみ』たちに知られるとヤバいと考えた夢魔が説得してあまり使わないようにして貰っているとかではない。決して。


 

 

 

 

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