第208話 畳み掛けられるストレス

 最近のリリスに掛かるストレスは異常である。並みの人間どころか、ストレス耐性が高い者であっても耐えられぬほどに。

 何もなくとも、蒼唯やぬいたちの動向に常に目を向けていなければならない立場であるのに、最近注意する対象に『魔王』ルーシィも加わった。

 しかも自身のダンジョンの運営だけでなく、成り行きで日本探索者協会の運営にも携わっているリリス。  

 しかも同時多発的に発生したダンジョン災害に、『試練の迷宮』が1つ『天空の城』の発生等、解決しなければならない案件ばかりな状況である。

 

 そんな中、予想もしていなかった、蒼唯『縫包もふもふ化』宣言である。デフォルメ版蒼唯ぬいぐるみの完成にはまだまだ時間が掛かるとはいえ、一度造り始めてしまっては、もうリリスに止める術は無い。

 このような事態が畳み掛けられれば、いくらストレス耐性の高いリリスであっても限界はくる。

 いつもは、まっくよの独断で行われる『小常闇』による睡眠提供を望んでやって貰うほどリリスは疲れていたのである。

 

 しかしそこは不憫なことで有名なリリス。『夢魔姫サキュバスプリンセス』であるリリスが、夢すら見ないほどの爆睡を熱望している時こそ、邪魔者は現れるのであった。


【…まっくよ様の『小常闇』中なのに夢? これは――】

[はぁー、はぁー、またぁ…]

【なるほど。蒼唯様からマーカーを渡された段階で分かっていたけれども、今かぁ】


 見知らぬ空間に佇むリリス。その傍で疲労困憊な様子で座り込む幼女。この幼女にリリスは見覚えがあった。幼女の名前はエルエル。リリスが元々いた世界で『聖神』と呼ばれ崇められていた、魔族の敵であった。


[まったく、貴女の夢は本当にどうなって――貴女だれ? どうして齋藤蒼唯に付けていた筈の目印を貴女が持っているの?]


 先ほどまで確かに疲労困憊な様子で神の威厳など欠片も感じなかった『聖神』エルエルであるが、リリスを認知した瞬間、即座に雰囲気が変化する。

 突然の神の威光を受け、内心ヘトヘトなリリスであるが、それを表に出さず対応を続ける。


【私の夢にいきなり入り込んで来て誰とは失礼ね。私は貴女とは特に関係のない一般の――】

[…あ! お前、勇者浮気者を通じて見たことがあるぞ。我輩の勇者を誘惑してたサキュバスだな!]


 バレると面倒そうなので知らない人を演じようとするリリスであったが、残念なことにエルエルはリリスに見覚えがあったようで、その作戦は始まる前に頓挫する。

 それにしても誘惑とは穏やかではない。確かに魔族の中には誘惑などを得意とした者もいたが、リリスは『夢魔サキュバス』。彼女自身の記憶上、誘惑をした事は無い筈である。


【……誘惑? 身に覚えがないのだけれど?】

[誤魔化すな! 我輩は知っているぞ! あの勇者がお前を見て「き、綺麗だ」って思ってたのを!]

【それ私が知るよしも無いわよね!】

[う、うるさい! 『神聖なるホーリー』]


 ほぼ逆恨みに近いエルエルの主張に反射的にツッコミをしてしまうリリス。自分でも逆恨みである自覚があるのか、図星を突かれたエルエルは咄嗟に、魔族にとって猛毒となる光『神聖なるホーリー』をリリスに向かって放ってしまった。


 突然の攻撃とはいえ、エルエルを見た瞬間から警戒を絶やさなかったリリスは、対処が間に合った。

 

【『縫包もふもふ化』!】


 魔族にとっては猛毒の光でも、ぬいぐるみには単なる光である。

 もふもふとなり、自身の権能の1つを無効化されたエルエルは目を丸くしながらリリスを見ていた。

 

[変身スキル? 我輩の権能を掻い潜るほどの?]

【ええ、まあ】

[凄い。そ、それに……可愛い]

【ふぇ? ……『聖神』お前もか】


 先ほどまで自分を見る目は、恨めしそうであったのに、もふもふしたリリスを見た瞬間から、よく蒼唯がしていると目に似てきていることに、リリスは呆れた様子で呟くのであった。


 

 

 



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る