第193話 『聖神』エルエル
蒼唯がまっくよを造って以来、見ていなかったモノ、それが夢である。夢を見ることも無いほど深い深い睡眠をまっくよが与えてくれるため、久しく見ていなかったのだ。
しかし現在、蒼唯たちは夢を見ていた。
「これが明晰夢って奴ですか?」
「まく、まく~」
「ぬいぬい」
蒼唯たちは、確かにお昼寝をしていた筈である。しかし気が付いたら見知らぬ場所にポツンと立っている蒼唯たち。そして蒼唯たちの目の前には、何故か息も絶え絶えな様子で座り込んでいる幼女の姿があった。
[はぁー、はぁー、おかしい。絶対におかしい]
「大丈夫です?」
[貴様らの睡眠はどうなっている! ちょっと夢の中に顕現しようとしただけなのに、何でこんなに力を振り絞らなきゃならないんだよ!]
「それは、まっくよが凄いからとしか言えんです」
「まく~!」
[神なのに。我輩、神なのに!]
謎の悔しがり方を見せる幼女。
しかし、蒼唯が思うにそんな悠長に時間を使っている暇は幼女には残されていない。
「取り敢えず、まっくよが夢を食べ始める前に説明を…まっくよ、待てです!」
「ま、まく~」
「ぬいぬい」
「ぬいが抑えている間にお願いです」
そして案の定、夢空間を食らいつくそうとし始めるまっくよに、危機感を覚えたのか、幼女は話し始める。
[我輩は、かの有名な『聖神』エルエルである! 我輩が貴様の夢に顕現したのは他でもない。貴様が『勇者』に選ばれたからだ]
「『勇者』です? 断るです。よし、まっくよ、喰っていいですよ」
「まく~? まくまく!」
[待て、待って! 待ってよ~!]
蒼唯の許可が下りたので、勢いよく食べ始めるまっくよ。本来、夢など入り込む余地もない漆黒に、神様パワーでどうにか夢空間を造り上げへとへとの『聖神』エルエル。その上、夢空間を喰い出されたことで悲鳴を上げる。
神様とは思えないほど情けない声に、少し可哀想になった蒼唯たちは、もう少し話を聞いて上げることにした。
「というか、『勇者』って前の人がいるんじゃないです?」
[あ、アイツはダメ! アイツは私を裏切って、顔も性格もスタイルも家柄も良い女の方に行った! あんなに
「それは、残念としか言えんです。でも私は『勇者』になる気無いですし…私より『勇者』っぽい、リリスとかどうです?」
「ぬいぬい!」
話を聞けば聞くほど落ち込んでいってしまうエルエルを不憫に思いつつも、『勇者』になる気は一切無い蒼唯はあろうことか、前の世界でバリバリ『勇者』と敵対していたリリスを推薦してしまう始末であった。
ただ、エルエルも折れる気は無かった。
駄々っ子のようにしていたかと思えば、蒼唯の方に手を付き出してきた。
[ダメ! もう我輩、決めたの! …『聖神』エルエルの名を持って、齋藤蒼唯を『勇者』とする!]
強引に『勇者』にしてこようとするエルエル。強力な力の波動がエルエルから自分の方へ向かってくるような感覚がする蒼唯。
しかし、力の波動が蒼唯に接触した瞬間、ペチッと音が鳴る。
蒼唯の身体が力の波動が侵入してくるのを拒絶したかの如く、弾き返してしまったのだ。
[え、あれ? な、なんで?]
「全く、油断も隙もないです。まっくよ」
「まく~」
何故か『勇者』が弾かれて動揺するエルエル。その隙にまっくよに夢喰いを再開させる蒼唯。
理解が追い付かないエルエルは、まっくよを止めることも出来ない。
「何でか分からんですけど、ラッキーです。まあ、諦めてくれです。それじゃあです」
[おかしい! 我輩の加護も同然の『勇者』を、神でもないただの人間が弾くなんて、絶対におか、しい――]
そうこうしている間に、夢空間は人がいられない程ボロボロとなり、蒼唯たちは外に追い出されてしまう。
蒼唯たちは夢空間から出ていってしまった。取り残されたエルエルは、何も上手くいかなかった事に憤りを覚えながら吠えるのであった。
[絶対、絶対、絶対! 次こそは『勇者』にして見せるんだから!]
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