第194話 つまみ食い

 『エデンの園』でサタンに警告されたリリスはルーシィを連れて蒼唯の家に急いで帰宅した。

 まだ『聖神』に見出だされた蒼唯が『勇者』に選定されると決まった訳ではないが、リリスとしては、『勇者』選定の条件的に蒼唯が候補に上がる可能性は否定できない。


【ただ、まあ蒼唯様は確実に自身が『勇者』になることには、否定的だと確信できることが唯一救いではありますね】

〖そうなの?〗

【はい。面倒くさがりなので。逆にぬい様やまっくよ様が『勇者』に選ばれたら喜ばれそうな気もしますが】


 流石にまだ強制的に『勇者』に任命するほどまで選定は進んでいないだろうから、大丈夫な筈である。

 

【蒼唯様! 少々お話が――】


 そう楽観視していたリリスは、蒼唯の部屋に入った瞬間、部屋の中で繰り広げられる蒼唯とぬいたちのやり取りを見て絶句してしまう。


「夢空間食べてた、まっくよは兎も角、ぬいまで私が弾いた『勇者』つまみ食いしたですね! ぺっしなさいです、ぺっ!」 

「ぬ、ぬーい」

「まく~」

「別に食べるのを否定はしないですけど、よく分からん幼神の――あ、リリスとルーシィ、お帰りです」

【た、ただいま戻りました】

〖ただいまー〗


 蒼唯の口から『勇者』という単語。そしてそれをつまみ食いしてしまった、ぬいとまっくよに吐き出させようとしている。

 リリスたちが、急いで帰ってきた意味を消失させる光景であった。


【…取り敢えず何があったか説明して頂けますか?】

「そんな大した事は起こって無いですよ?」

【先程のやり取りを見た限りとてもそうとは思えませんので!】

「そうです?」


 蒼唯的にはいつも通りの微笑ましい日常風景であったのだが、リリスの心配センサーに引っ掛かってしまったらしいので、先程の夢の中の出来事を説明するのであった。

 

 説明を全て聞き終えたリリスは、あまりに衝撃的な出来事に思わず呆けてしまう。


「…リリス? 分かったです?」

【夢の中に現れた『聖神』の『勇者』認定を蒼唯様が弾き返し、弾き返し夢空間に残留していた『勇者』スキルの一部をぬい様とまっくよ様がつまみ食いしてしまったと】

「大体そんな感じです」

【想定より遥かに状況が悪いのですが!?】

「それは、残念です?」


 既に『聖神』による『勇者』の選定が終了しており、よりにもよって蒼唯が選ばれた。それならまだしも、接触を終えており、あろうことかぬいとまっくよが一部とは言え『勇者』スキルを食べてしまったと言うのだ。


 リリスたちが人類との戦争中に集めた情報によると、『勇者』スキルとは勇者装備等と同様、神に選ばれた勇者のみが真の力を扱えるユニークスキル的なモノであった。

 そのため、普通にぬいやまっくよが『勇者』スキルを習得したとしても意味は無い。しかし今回の場合『勇者』スキルは、『食トレ』によって作り替えられることだろう。


 確かにリリスの想定より酷いことになりそうである。


【しかも、『聖神』は蒼唯様を『勇者』にする事を諦めていないのですよね?】

「そんな事言ってたです。…あ、でもそれ言われたとき、リリスを『勇者』に推薦しておいたですよ」

【魔族の私が、『勇者』に成れる筈無いですよね!】

「『縫包もふもふ化』状態なら可能です?」

【か、可能かどうかで問われれば可能ですが…】

「良かったです。なら、これ上げるです」


 リリスが渋々答えると、蒼唯はほっとした様子で彼女に何かを手渡してくる。


【これは…何でしょうか?】

「さっき会った『聖神』が私に付けてきたやつです。多分、まっくよの猫胞子みたいに、私の居場所を把握したり、瞬時に私の元まで来るための目印的なやつだと思うです」

【いりませ――いえ、分かりました。これは預からせていただきます】


 リリスは衝動的に突き返しそうになったが、よくよく考えれば、本来は蒼唯と『聖神』を会わせないために急いで戻ってきた事を思いだすリリス。

 あまりの衝撃的な情報の連続に、流石のリリスも冷静な判断能力が失われてしまっていたのであった。

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