第150話 魂の叫び

 蒼唯から『地獄の塔』95層から100層までを一気に攻略したとの報告を受ける受付嬢。これが普通の探索者からの報告であれば受付嬢も一蹴していただろう。しかしこれを報告したのは蒼唯である。

 高校生ながら世界最高の『錬金術師』として名が通っており、お供にはこれまた有名な『迷宮の壊し屋ダンジョンブレイカーズ』を連れている。自身も彼女が造った装備であろう可愛い『着ぐるみパーカー』を身に付けている。

 

 実績と噂でしか蒼唯を知らないが見栄を張ったりする性格とは思えない。そもそも戦闘ジョブでも無い彼女が畑違いのダンジョン探索で虚偽の報告をするメリットも無い。とは言え鵜呑みに出来るほど常識的な報告でもないのは確かである。

 そのため受付嬢は恐る恐る尋ねる。


「…本当でしょうか?」

「嘘をつく必要が?」

「いえ、分かりました」


 しかも本人はこれがどれ程の偉業なのかを理解していないようで、何でもないことのようにさらっと報告してきたのも、更に受付嬢を困惑させる要因であった。


 蒼唯としてもそれ以上は報告のしようが無い。それに此方の蒼唯にはもう時間が残されていなかった。


「さてそろそろか…少しはしゃぎ過ぎたな」

「ぬい?」


 階層ボスを討伐していた段階から薄々気が付いていたが、自身に掛かっていたポーションの効果がレベルアップする毎に薄まっているのを感じていた。

 蒼唯の体感では1日は保つ予定であったが、残念ながらもうタイムアップらしい。


「ダンジョンで成長した結果、『悪魔ポーション』への抵抗力も増したのかな。もうすぐ元に戻る」

「まく~」

「まあ、オリジナルにも記憶は残ってるだろうし、なんとかなるさ」

「ぬいぬい!」

「それはオリジナルの気分次第だろうが、またなぬい、まっくよ。リリスにも宜しく言っておいてくれ」

「まくまく~」


 別れの時なのだがぬいとまっくよはまた会う気満々であるようでさっぱりとしている。悪魔化状態の蒼唯も今後の展開が何となく予想しているようで、何の感慨もなく静かに消えていく。

 状況が飲み込めないのは、輝夜含め周囲の探索者たちである。蒼唯たちの会話は、片方が鳴き声の時点で解読が難しいのに、更に状況自体がややこしいので手に負えない。彼らは事の成り行きをただただ見守るしかないのであった。


 悪魔化が解除され、いつもの自分が戻ってくるのを感じる蒼唯。

 レベルアップの影響か身体は驚くほど軽いが、精神的な疲労が溜まり、そのギャップで何とも言えない表情になる蒼唯。


「…疲れたです。色々と言ってたですけど、絶対悪魔の私の趣味でダンジョン探索行った気がするです」

「ぬい?」

「それに試作品の『着ぐるみパーカー』まで着てです。…まあ、使ってみたことで新たなインスピレーションは湧いたですけど」

「まくまく~」

「別に怒ってないです。これから面倒な事が起きたら悪魔の私に押し付けようとか考えてないです」


 そんな会話をしながら蒼唯たちは協会を後にするのであった。


「いや、状況を説明して欲しいな!」


 置いてきぼりをくらった輝夜の周りの探索者たちの思いを代弁した叫びが協会中に響くのであった。


―――――――――――――――


 蒼唯パーティー単独での『地獄の塔』攻略は直くに拡散され大きな話題となった。探索者強国と呼ばれる国でも階層型ダンジョンにおいて、100層の大台まで攻略された国は無かった。

 テーマダンジョン等、攻略の方法が特殊で難易度が相性に左右されるダンジョンとは異なり、階層型ダンジョンの多くは純粋な戦闘力が求められる。そのため大規模な階層型ダンジョンにおいて攻略された階層がイコールその国の探索者の質だと言う者も少なくない。


[そんな無駄な指標に囚われているのは貴殿方馬鹿な役員たちと一部の業界人かぶりだろう? 攻略階層で抜かれたからと言って我々が日本の探索者に劣っている等と勘違いする者がいるか?]

[分かりやすい指標には違いないからな]


 実際には同じ階層型ダンジョンと言っても一つ一つに差があるため、簡単に比べられるものでは無い。しかし比べやすい指標があれば比べたくなるのは人の性である。


[それに日本には特異点がいるだろう? 今回の騒動も彼女の仕業だぞ]

[彼女には多くのファンがいるからな。特に無職騒動で救済された連中は女神様と崇めてやがる]

[『大蛇ウロボロス』や『五芒星ペンタグラム』は本気で狙ってたが、そのファンたちに叩きのめされて、ギルド自体が再起不能と聞くしな]

[彼女は、国とかそんなちゃちなもんで括れる存在じゃあねーよ]


 蒼唯を語る男の口からは、確かに憧れが感じ取れるのであった。


[アメリカ最強の探索者の『救世主メシア』のギルドマスターともあろう者が何を言うか]

[だからそう言う肩書きで語れないって話だよ]

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