第112話 初の転職

 国際探索者協会が主導する『転職の神殿』の攻略は、冷ややかな世間の態度とは裏腹に盛大におこなわれることとなった。各国の探索者業界の重鎮とそれらを警護する優秀な探索者たちが『転職の神殿』に集まり攻略を見届ける。


「今回、『転職の神殿』の試練に挑む者たちを紹介します。まず―――」


 普段ならこういった催しに参加しない者もダンジョン内部での開催という物珍しさと、『転職の間』が開かれた際に自身の傘下の探索者たちを即座に転職させるため参加していた。彼らも試練が突破される可能性が低いだろうと考えているが、同時に国際探索者協会がそれなりに人を集めたことも踏まえ、多少の勝算があるのだろうとも考えていた。


 ダンジョン内部での開催というのも国際探索者協会の力の入れようを表していた。

 これは、比較的安全なダンジョンであるテーマダンジョンの中で、出現してから今まで試練への挑戦者のコピー以外にモンスターが現れたことがないという、ほぼ無害と言っても差し支えない『転職の神殿』であるからこそ開催出来たと言えるが。


 探索者たちは試練に入っていく。戦闘の出来る生産者は希少である。特に長期間のダンジョン攻略では必須級の活躍をする。しかし所謂縁の下の力持ち的な活躍であり認知度は他のジョブに比べて劣る。

 さらに言えば外に出ると生産能力で劣る彼らが陽の目を浴びることはない。そのため今回の攻略は彼らにとってチャンスであった。


「はっ! こいつら俺らが攻撃しても反撃もままならないようだせ!」

「何だよ。これなら作戦を立てるまでもなかったな!」

「おい、油断するな。今我々がやっているのは前代未聞の『ミッションブレイク』だと言うことを忘れるな」


 とは言うものの、コピーは大した抵抗もせず、消滅してしまう。

 しかし何も起こらない。ミッションがクリアされていないどころか、失敗扱いでミッション空間から放り出されることもない。探索者たちはコピーが消滅したミッション空間に取り残されたのだ。


「お、おい! 帰還アイテムはあるか?」

「はい。人数分用意してあります」

「……それを使う用意もしておけ。この空間をくまなく調べた上で戻れないと判断したらアイテムを使用する」

「……はい」

「残念ながら、我々は失敗した」


 探索者たちの挑戦は失敗に終わる。ミッションに挑戦する前の歓声は、侮蔑の視線に変わるだろう。しかし彼らとて戻らないわけにはいかないのだ。


 そんな彼らが、ミッション空間の外で何が起きているかを知るのは、もう少し先の話であった。


―――――――――――――――


 探索者たちがミッション空間に入場し、来賓たちは一旦、ダンジョン外に用意したスペースに移動して貰い、そして探索者たちが帰還したのち再開の流れであった。しかし一人の者が叫ぶ。


「おい、外に出れないぞ!」

「何をバカな…な、外へ繋がる道が無い?」

「おい、どうなっているんだ。何故行きなり道が…」


 そんな異常事態に、護衛の探索者たちは周囲を警戒する。すると何処からともなく声が聞こえてくる。


【貴様らは転職神様の試練を愚弄する愚か者たちよ 貴様らには『神罰』が下るだろう。覚悟して待て】


 ダンジョンに詳しくない者たちは恐怖と絶望に支配され喚き散らすだけだが、護衛の探索者たちは声の主こそがダンジョンボスであると判断する。


「落ち着いてください。あなた方は我々が必ず守りますので!」

「くそ! 試練を愚弄? この催しが気に食わなかったのか?」

「いや、『神の手』を招いた際も行ってたじゃねーか! その時は何も起きなかった筈だ!」


 しかし、これまで様々な探索者たちがミッションに挑戦してきたのに、今回のみ発生する異常事態には、探索者たちも混乱を隠せない様子であった。


 そしてミッションに挑んでいた探索者たちがコピーを倒し終えた頃、『神罰』は下される。

 初めてダンジョンに入場した際、もっと言えば入場し初めてジョブを授かった時のような感覚に包まれる。


「な、何が起こったんだ?」

「わからん。取り敢えず怪我は無いが…何というか少し体が重い気がするな。何らかのデバフか?」

「お、おい。これを…これを見ろ!」

「『鑑定眼鏡』か。何らかのデバフが確認出来たか」

「デバフ? そんな生易しいもんじゃない!」


 『鑑定眼鏡』で見た結果に動揺している一人の男。冷静さを欠いた者から命を落とす探索者業界であるため、取り乱す彼を見る目は冷ややかであった。しかしその視線はとある事実により一変する。


「お、俺たちのジョブが変更されてる」

「な、なに?」

「おい、お前『魔法使い』だよな? 魔法使ってみろよ」

「な、何だよいきなり!」

「いいから!」

「わかったよ。『火球』…あれ? 『火球』!『火球』」

「出せないだろ。そうだよな。俺たち皆、『無職』にされてるよ。この眼鏡で見る限り、ジョブ由来で覚えたスキルは無くなってるみたいだ」

「はぁ? お、おい冗談だよな? 冗談って言えよ!」


 この日、公式記録に転職した探索者たちが登場した。しかし皆が待ち望んでいた転職とは程遠いモノとなるのであった。 


 

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