第106話 転職に理解ある親

 これまでの蒼唯は、ダンジョン攻略のサポートを依頼された際、アイテム製作かぬいたちの派遣を行っていた。それが今回、蒼唯自身が赴かなければ行けないかもしれない。

 蒼唯としてはそんな話断固として断るつもりである。サタン茸曰く『転職の神殿』自体が罠であり、『転職の間』が解放された方が探索者の不利益になる可能性も考えられるし、そもそもダンジョン攻略など蒼唯にはまったく興味のない話なのだ。


「探索者にダンジョン攻略を強制するなって話だけど、『転職の神殿』みたいに業界全体が関わるレベルの話だと圧力はあるよね。既に『神の手』が敗走してるのも大きいだろうし」

「そうね。蒼唯を派遣しなければ、日本の探索者には『転職の神殿』の利用を制限するなんて戯言を言ってるかもね」


 基本的には自由の象徴と持て囃される探索者だが、外圧からは逃れられない。一部の例外的な存在がそんな外圧に縛られないだけであるのだ。


「まあ最悪、そうなったら私のセルフ転職でどうにでもなるです。それかぬいたちなら『転職の神殿』でも問題なく動けるですし、ぬいたちだけ派遣するです?」

【確かに、ダンジョンの判定的にはぬい様とまっくよ様はアイテムや装備品と同列に判定されますからね。ジョブシステムによる入場制限をスルーすることは可能ですね】

「そうなった場合、生産系ジョブの試練がどうなるか気になるです。ぬいたちの上位コピーが現れるです?」

【生産系ジョブもスキルも持たないぬい様方たちの生産バトルになるのでしょうか?】


 その泥試合に勝ったとして試練を突破したと見なされるのだろうかとも思うが、やってみるだけならば面白そうではある。

 まだ要請すら来ていない現段階では意味の無い考察ではあるし、そもそも要請されたとしてもぬいたちを派遣するつもりは今のところ無い蒼唯である。


 現段階でできる『転職の神殿』関連の対策はある程度練れた。リリスと秀樹はまだ話しているが、蒼唯はそろそろ飽きてきた様子のため、優梨花が別の話題を振る。


「蒼唯のジョブが『偉大な錬金術師アルケミストマスター』になったのよね? 色々と変化はあったのかしら?」

「あ、そうです師匠。折角転職してスキルも覚えたので『3分クッキング』とかこはく専用の装備とかのアップグレードを――」

「わんわん!」

「ん? 何ですか、こはく」


 難しい話が終わるのを待っていたかのように、こはくが蒼唯に近づいてくる。後ろにはぬいとまっくよもいる。

 

「わん!」

「ぬいぬい」

「まく、まく~」

「え、転職ですか? こはくにです? 前の提案って本気で言ってたです?」


 こはくを転職させる。これはぬいたちにジョブは無用の長物だと説明した際に、提案された事であったが、蒼唯は半分冗談として受け止めていた。

 そもそも愛犬家の秀樹や優梨花が、安全性が担保されているとは言えない転職を受け入れるとは思えない。


「もしかして、こはくが転職させてくださいって蒼唯に嘆願してる状況なのかしら?」

「ですです。多分ぬいたちがこはくを唆したです」

「そう。こはく。転職したいの?」

「わんわん!」

「なら、こはくのしたいようにすれば良いわ。でも少し不安だから先に私たちで安全確認してくれないかしら蒼唯?」

「本気です? 別に私は構わないですけど」

「安全なんでしょう?」

「私がセルフでやったときより数倍安全なのは保証するです」

「なら良いわ」


 ということで、坪家の転職祭りが開催される運びとなった。

 その一部始終を少し離れた場所で聞いていたリリスと秀樹はというと、


【優梨花様、子供に理解がある親風の台詞でこはく様への人体実験を許可されましたが宜しいのですか?】

「蒼唯の手腕なら大丈夫って判断か。って私たちって言ったよね。僕も被験者かー。リリスさんも一緒にどうかな?」

【いえ、遠慮しておきます。前にその提案をされた際のジョブの候補が『夢魔家政婦サキュバスメイド』でしたので、せめてマトモな候補が挙がるまで遠慮させていただきます】

「そっかー。残念だな」


 役割のブレーキ役を諦め、のほほんと会話を続けるのであった。

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