第107話 転職祭り

 『錬金術』は無から有を造り出すことは出来ない。それは転職でも同様である。『転職の神殿』のシステムがどのようになっているか分からないが、蒼唯の『錬金術』による転職では、それこそ生産系ジョブから戦闘系ジョブへの転職は素材スキルが不足しているため難しい。

 そのため蒼唯の転職は、昇進や同系統の業種や職種への転職がメインである。めちゃくちゃ戦闘経験のある生産系ジョブ持ちのような例外なら別だが、そんな例外はほとんどいないだろうが。


「取り敢えず坪さんの『剣聖』はこれまでのジョブを強化した感じです。出力とかは上昇してるですけど、そこまで新しい事が出来るようにはなってないです」

「身体の動かし方が分かる。ここまで出来る幅が広がると、同系統のスキルと言えど別物だよ。これは上位ジョブを狙う者の気持ちも分かるな」


 秀樹は元々、最初のジョブを授かる際、『剣士』の上位ジョブである『剣豪』を授かっている。これは、探索者になる前から肉体を鍛えていた者やジョブに関係する事の経験があるもの等に稀に起こる現象である。

 秀樹も元々、剣道の有段者であったため『剣豪』を授かったのではと言われている。そのため探索者に成る前に武道を習うというのは主流となっている。

 ただその基準が曖昧で、特に武道経験の無い者が上位ジョブを授かる例もあり、更に上位ジョブは最初から難易度の高いスキルを授かるため、碌に戦えずダンジョンの上層で呆気なくという者もいる。そのためジョブの良し悪しよりも、ジョブを授かってからどうするかが大切だというのが定説である。

 

「まあ、これもこれまでの経験があるからこそか。それに何というかスキルを意識しなくても使えるような感覚があるね」

「『魂への干渉』でジョブをより魂に馴染むようにしてるですから、スキルとかは使いやすくなってると思うです」

「そ、そうか。凄いね」


 まだ開業もしていない『転職の神殿』とは比較できないが、蒼唯のように一人一人に寄り添った転職は『転職の神殿』には出来ないのではと感じる秀樹である。


「それで師匠は『迷宮料理人』ですね。ダンジョンから採れる食材で作る料理に関するスキルが強化された感じですね。『食育』とかです」

「なるほど」


 『迷宮料理人』は迷宮料理に特化したジョブと言える。秀樹とこはくが採ってきた食材をよく調理している優梨花にはぴったりのジョブであろう。

 蒼唯と同じく『料理人』の上位互換的ジョブである『偉大な料理人マスターシェフ』も選択肢としてはあったが、


「通常の料理に補正が掛かるスキルの強化は、あんまり意味ないと思うです」

「意味ない? どういうことかしら?」

「優梨花の料理はもう最上級に美味しいから、スキルで補正してもこれ以上美味しくならないって蒼唯が思ったんじゃないの?」

「その通りです!」

「そんなことないわよ。今日はいつも以上に美味しい料理を出してあげるわよ?」

「それは楽しみです!」

「もう都合が良い子ね」


 という蒼唯の熱弁により優梨花は『迷宮料理人』を選択した。


「じゃあそろそろ、こはくも転職するです?」

「わんわん!」

で本当にいいですね?」

「わん!」

「ならやるですから、少し我慢しててくれです。『錬金術』『魂への干渉』」


 そしてこの転職祭りのメインイベントであるこはくの転職が開始される。

 トイプードルとしてはかなり濃い犬生を歩んでいるこはくは、転職の選択肢も多い。しかしこはくの願いは『忠犬』の時から変わっておらず、主である秀樹や優梨花の助けになることである。そのため選んだジョブはというと、


「ふう、終わったです。無事『主護犬』に転職したです」

「わんわん!」

「主人限定のバフも強化してあるですけど、他にも主人限定に発動する守護系統のスキル何かも多くしてるです」

「わん!」


 守護霊の犬バージョンであり、護る範囲を主人に限定することで様々なスキルを強化した『主護犬』であった。


「わんわん!」

「ぬいー」

「まく~」

「『名探偵犬』とか『ぬいぐるみと戯れる者ドールマスター』とか色々あったですけど、まあ嬉しそうなら良いです」

【賢明な判断だったと思います】

 

 こうして坪家の転職祭りは終了するのだった。



 

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