第105話 明かした理由
リリスは元々、こっそり見守るつもりでいた。しかし秀樹に『隠れ夢』を看破されてしまった。その時点では別に正体を隠すことも出来ただろう。そもそもリリスは蒼唯以外に自分がダンジョンマスターであると明かすつもりもなく、ダンジョンマスターという存在を公表しないよう動いていたのだ。
しかし蒼唯たちの会話を聞き、蒼唯と坪夫妻の関係性を理解したリリスは、自身の存在を明かした方が良いと判断したのだ。
【タイミングを見計らっておりましたら、カッコ悪い形での登場となってしまいましたが】
「はは、それでなんで僕たちになら正体を明かしても良いと?」
【あなた方が私に抱いている警戒心と私があなた方に抱いている警戒心は同系統のものですので、それをお互い解きたいと思いまして】
「警戒心?」
「はい」
蒼唯は純粋無垢であり、こと探索者業界については無知である。そのため蒼唯の理解者を騙る詐欺師が現れた場合ころっと騙されてしまう可能性もある。
騙された結果、探索者業界が終焉を向かえるなんて可能性も、これまで蒼唯が造ってきたアイテムを考えると無くはない。そしてそれにより蒼唯が傷つくことを坪夫妻は警戒している。
反対にリリスとしても、蒼唯が全幅の信頼を置く坪夫妻がダンジョンに憎悪を向けるタイプだった場合を警戒していた。それこそ坪夫妻が
「ダンジョンなんて無くなれば良いのに」
とでも言ったならばダンジョンマスターが死滅する未来すらあり得るとリリスは本気で考えていた。
「そっか」
【また、蒼唯様との関係性も明かした要因の1つです】
星蘭や柊も蒼唯との親交が深い。しかし損得を完全に切り離した関係性では残念ながら無い。そのため蒼唯と探索者業界を天秤に乗せた場合、探索者業界を取るだろう。それはギルドマスターとして、メンバーの命を預かる長として当然である。
そんな者たちにリリスの正体を明かせば、結果として彼女が当初危惧したように、ダンジョンマスターを家畜のように飼い慣らそうとする輩がダンジョンに蔓延る可能性が高い。
反対にまるで娘のように蒼唯に接している坪夫妻。彼らは現役を退いており、探索者業界に変な柵も無い。リリスとしては正体を明かす人材として最適である。
そもそも嘘や隠し事が苦手な蒼唯。坪夫妻以外にも蒼唯をよく知る者にはダンジョンに詳しい者が周りにいるだろうと察しられ始めていた。そのためリリスが配下としているからこその面倒事について相談できる相手は必要なのだ。
「なるほどね。我々にだけ正体を明かした理由は分かりました」
【あとは、あなた方の家族にはバラされてしまったのもあります】
「家族? ああ、そういう」
リリスに連れて視線を移動した秀樹は理解する。その視線の先には楽しそうに会話するぬいたちがいた。
「ぬい、ぬいいー」
「まくく~」
「わんわん!」
【蒼唯様には口止めをお願いしましたが、そう言えばぬい様方にはお願いしてませんでした】
「それは、うっかりしてましたね」
ぬいたちからリリスの事を紹介されたこはくは、興味深そうにリリスを見つめるのであった。
蒼唯やリリスから詳しくこれまでの経緯や『転職の神殿』について聞いた秀樹たち。やはり驚きは大きい。しかし彼らも蒼唯とよく一緒にいるだけあり、突拍子も無い出来事には耐性がある。直ぐに落ち着きを取り戻すのであった。
「現役バリバリで活動していた頃よりも、退いてからダンジョンについて深く知ることになるとは思わなかったよ」
「ダンジョンは意思がある生物なのではないかって学説も強ち間違えじゃなかったのね」
「『ダンジョン生物説』か。懐かしいね。その学説を聞いた優梨花が、生物なら私が捌いてあげるわ、とか言ってダンジョンを調理しようとしたこともあったっけ」
「あったかしら? まあ昔の話よ」
【なるほど。確かに蒼唯様の師匠みを感じるお方てすね】
「当たり前です。師匠は師匠ですから」
予期せぬ出会いであったが、リリスと坪夫妻の邂逅はお互いにとって僥倖であったと言えるだろう。
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