第104話 やぶ蛇

 蒼唯の衝撃的な告白を受けた輝夜。流石に自分ではこれを対処するのは厳しいと判断し、経験豊富で蒼唯に助言できる立場且つ、ギルド等に所属していない坪夫妻に相談することを提案した。

 そのため坪家に赴いた蒼唯は、これまでの経緯を簡単に説明する。

 

「なるほど。『転職の神殿』の話を聞いて、自分自身に『錬金術』を行使したら転職できたと。凄いじゃん」

「それほどでもです」

「秀樹さん。蒼唯を甘やかさないの。蒼唯、自分に対して生産系スキルを使用することがどれ程危険な行為か理解しているの?」

「理解してるつもりだったです師匠。でもやれそうだったからやっちゃったです」

「それで取り返しのつかなくなることもあるのよ蒼唯」

「まあまあ、危険だと思っててもやっちゃうことはあるよ。昔イケイケだった優梨花も――」

「秀樹さん?」

「さて、そろそろこの問題をどう対処するか考えようか」


 時折、『全てを捌く者ジ・オールマイティー』時代の片鱗を見せてくる妻には弱い秀樹であった。


 色々と4人で話し合った結果、自分自身の力のみで『偉大な錬金術師アルケミストマスター』へと至った蒼唯という規格外バグの存在を公表することは、難しいという結論に至る。

 公表した所でメリットは『転職の神殿』への攻略参加を拒否できる口実が得られる程度であり、デメリットが大きすぎる。


「これまでとは比較になら無い程注目された上、行動を制限される可能性もあるかな?」

「人体実験がどうとか倫理がどうとか面倒なことを言われるかもしれないわね」

「となるとやっぱり『転職の神殿』に興味がないですからって断るのが良いです? それか胡散臭いダンジョンですから嫌だとかですけど」


 それはあまり効果が無いだろう。そもそも蒼唯の性格的に本当に困っている人物には手を差し伸べてしまうだろう。常識は無くとも良識は持ち合わせている子なのだ。

 そのため、ふわっとした理由で断っても、最終的に了承してしまう未来が見える。


「探索者がダンジョン攻略を強制される謂れも無いから、どんな理由でも断っても良いと思うけど。胡散臭いダンジョンか。『転職の神殿』はどう胡散臭いと思うんだい?」

「え、態々、探索者を成長させるダンジョンって所です。違うですか?」


 ネットでも『転職の神殿』はダンジョンそのものが罠なのでは無いかという意見も上がっている。そのため胡散臭いと言う評価は強ち間違えではない。しかしダンジョンに興味がなかった筈の蒼唯がそんな発言をすること自体、蒼唯をよく知る2人には違和感しか覚えない。


「その通りだと思うよ。で、蒼唯は誰にそれを聞いたの?」

「誰って言われてもです...」

「質問を変えるよ。蒼唯の後ろにいる子は誰かな?」

「後ろです?」


 秀樹からそう言われ、蒼唯は後ろを振り返る。すると誰も居なかった筈の空間からリリスが現れる。


【まさか『隠れ夢』を見破られるとは。こっそり見守らせていただくつもりでいましたのに】

「まあ伊達に長い間探索者やってないからね。ここまで強大な存在感が家の中にいたら気が付くよ」

【なるほど。ご挨拶が遅れたこと謝罪申し上げます。私は蒼唯様の配下であり『吉夢の国』のダンジョンマスターを務めさせていただいております『夢魔姫』リリスと申します。どうぞお見知りおきを】

「...思ったより大事になりそうだね」


 やぶ蛇ならぬ、夢空間をつついたらダンジョンマスターが飛び出てきた現実に、若干の後悔を滲ませる秀樹であった。




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