第85話 崩れる音
『錬金工房』の案内役をはじめから頼まれた麗花。
蒼唯に初歩的な質問をする。しかし大抵の見学者はこの質問の回答を用意していない。
「齋藤さん? 貴女はこのギルドに入ったらまずどの工程をやりたいと思ってるのかしら?」
「工程です?」
蒼唯を不勉強な見学者だと判断する麗花。最近は『蒼の錬金術師』の影響もありそう言った才能があるのではと思い練習や勉強もせずに見学に来る者が増えている。
『錬金術師』に誇りを持っている麗花としては気分が悪い話だが、それ自体はしょうがない事だと理解していた。興味を持った後が大切なのだから。
しかしそれを理解していない者たちもいる。不勉強な見学者が増えたことを嘆いているギルド員たちであった。麗花に言わせれば彼らこそ不勉強なのだ。『錬金工房』という恵まれた環境に居るというのに『錬金術師』として高みに行こうとすらしない。
「やっぱり。貴女も商品を造る際に全ての工程を1人でやるものだと思っているのでしょう」
「そうじゃないですか?」
「はじめ先生のように、全ての工程において他の追随を許さないレベルなら兎も角、普通の『錬金術師』は分業制なのよ。『分析』『精製』『錬成』『付与』色々な工程があるの」
「そうなんです? えーと麗花さん? はどの工程をやってるです?」
「私は『錬成』を主に担当してるわ。最近は『付与』もだけどね」
「なんか難しいことしてるですね」
「そうかもしれないわね」
自分に他よりも才能があることは分かっていたし、『錬金術師』を授かって直ぐに、はじめに弟子入りしたという幸運もあった。しかしそれ以上に自分は努力したのだ。その結果、ギルド内ではじめに次ぐ実力を獲得するに至ったのだ。
そのためギルド員にも自分と同じだけの努力を要求する。しかし返ってくるのはやる気の無い返事。そして高慢だと陰口を叩く始末。
「取り敢えず、各工程の作業部屋を回りましょう」
「分かったです」
各工程を回る2人。普通の見学者は『錬成』や『付与』といった『錬金術師』と言えばでイメージしやすい工程に反応する。しかし蒼唯は珍しいことに『分析』や『精製』といった下準備の工程を熱心に見学し、質問も行ってきた。
「『精製』はどんな素材でも行うですか? 薬草とかも」
「そうよ。特に薬草は色々な効能がある場合も多いから、必要な効能だけを高めた薬草にするの」
「...‥そうですか」
下準備の大切さを理解しているのならば期待が出来ると蒼唯の評価を上方修正する。
「あの瓶にポーションは入れるです?」
「そうよ。『錬成』したポーションが劣化しないような性能を『付与』した瓶に入れるの」
「ふーんです」
見学は無事に終了した。
見学の最後には、体験として1つアイテムを造る事になっている。分業制を見学させ、それを復習する形で1人でアイテムを造って貰うのだ。
「じゃあ私が見本を見せるから見てて」
「分かったです」
造るのはポーションである。薬草を『分析』し、癒しの効能だけ『精製』、それを水と『錬成』する。最後にポーションを入れる瓶に『付与』して終了の流れである。
慣れた作業であるため、ものの数分でポーションは完成する。
「はい完成。ゆっくりで良いから丁寧にやってみて」「分かったです」
蒼唯は、素材が並べられた作業台の前に立ち『錬金術』を行使する。薬草と水、瓶などの材料、一つ一つに行使するのではなくそれらを纏めて一気に行使する。その行為に驚いた麗花が止めようとする。しかし止める間もなく一瞬でポーションは完成する。
「完成したです」
「は、あ、えぇ? これポーション」
『錬金術師』としての実力がある麗花は実際に蒼唯が『錬金術』を行使する姿を見て理解する。彼女は自分よりも遥か高みに居ることを。そして一瞬にして造り出されたポーションの規格外な性能にも。
「見学してて私のやり方と随分違うなと感じたですから、ちょっと自分のやり方も使ってやっちゃったです」
「は、はい」
「私は薬草を『精製』してもその薬草一つ一つにある癒しの効能が増える訳じゃ無いですから、材料が限られてるなら『精製』なんてしない方が良いと思うですし、折角『保存』とかを付与した瓶に入れるなら、別々じゃなくて最初から一緒に造れば良いと思うです」
「へ?」
「えーとです。ポーションと瓶って2つに分けて造るんじゃなくて瓶に入ったらポーションを1つのアイテムとして造った方が効率的じゃないです?」
「それはどうやって造ったの?」
「水と薬草をギューってやってる間は瓶と他の素材をポーンとしておくです。でもポポポーンってならないように気をつけるです。それで最後にグニュってすれば完成です」
「ごめん。わからないわ」
蒼唯の超感覚的な説明に理解を放棄する麗花。そんな発想をしたこともなかったし、自分の力量では一気に瓶入りポーションを錬成出来ないことは分かる。
「貴女はいつもそうやってポーションを造っているの?」
「え? 私はポーション造るの嫌いなのであんまり造らないですから。まあ時短したいときはそうしてるですね」
「あ、そうなの。嫌いなんだ」
嫌いなのにそんなことが出来るのかと麗花は叫びたくなる。そんな中、蒼唯が造ったポーションの瓶の蓋に何か描かれていることに気が付く。
「...その瓶の蓋」
「あ、これです。これは今回の見学で学んだ所を生かした部分で、抽出しておいた薬草の色素の部分で、蓋に猫のマークになるように『錬成』したです。可愛いですよね? このポーションの一番のこだわりです」
「そ、そうなのね」
今回の見学ての学びでやった事がこれかと思う。その反面『錬成』で何かを描くことの難しさを思えば技術的には高度である。それをあの一瞬で行っているので尚更である。
今、目の前にいるのは、ポーション造りを嫌い、性能を高めるというこだわりを持つ普通の『錬金術師』と異なる価値観を持つ、それでいて自分よりも経験が浅い筈なのに遥か高みにいる存在である。
「はは、ははは」
「うーん、でももう少し抽出を甘くしてマイルドな色合いにすべきだったかもしれんですね」
麗花の中で何かが確実に崩れる音がするのだった。
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