第86話 反逆者の片想い

 麗花がここ最近で一番衝撃的を受けた出来事は『魔法瓶』騒動である。『魔法瓶』の性能にも驚いたが、それ以上に麗花の師匠であるはじめがあれ程他の『錬金術師』の作品に動揺させられるのを彼女は見たことが無かった。制作者が自分よりも3歳年下の高校生なことが信じられなかった。

 

 そして今日である。麗花は目の前の人物が『蒼の錬金術師』であることを確信していた。


「貴女、齋藤蒼唯でしょ?」

「...どうして分かったです? 折角『変装メガネ』してたのにです」

「こんなポーション造れる人が何人もいてたまるものか」


目の前に置かれたポーションは、はじめが『魔法瓶』騒動を経て開発した新型ポーションにも劣らない性能に見える。即興で一瞬で、更には練習用に用意した素材でその性能のポーションを造って見せたのだ。

 更に麗花より年下で名字も一致している。これで別人である方がおかしい。

 

「貴女、何しに『錬金工房』に来たのよ。所属するつもりなの?」

「そんなつもりは無いですね。師匠の付き添いがメインですけど、強いて言うなら『錬金術師』を学ぶためですね」

「貴女がここで何を学ぶのよ」

「何でも学べるですよ。これまで独学でやってたですし、感覚に頼ってたですからね」

「...そうみたいね。信じられないのだけど」


 学ぶためという蒼唯の言葉は本心だろう。蒼唯は見学中、『錬金術師』として最初に教わるような用語も知らないことがあった。本当にこれまで誰にも教わらず、可愛さ重視という『錬金術師』としては異端な拘りの元、1人で活動していたのだろう。

 不条理な話である。麗花は自分が積み重ねてきた努力を規格外の才能によって踏み潰されるような錯覚を覚える。


「ねぇ、1つ聞いても良い?」

「なんです?」

「『魔法瓶』はどんな経緯で造ることになったの?」

「『魔法瓶』です? あれはポーションを定期的に造りたく無かったから造った気がするです」

「何でポーション造りが嫌いなの?」

「私のポリシーとして消耗品をあまり造りたくないだけです。折角ポーションの瓶とか可愛く造っても使い捨てだと捨てられちゃったりするですし」

「そう、なの」


 ポーション造りたくないからと蒼唯が思い開発した代替品に自分たちは翻弄されたのだ。


「貴女は『錬金術』についてどう思ってるの?」

「難しい質問ですね。どうと言われても答え難いですけど、得意だなとは思ってるですね。3年以上やってると色々面白さにも気が付いてきたですし」

「それだけ?」

「そうですね」


 自分たちが愛して止まない『錬金術』から寵愛を受けているとしか考えられない才能を持つ蒼唯。しかし蒼唯は『錬金術』に対して得意科目程度の認識しか持っていないようだ。

 悔しさが込み上げてくる。麗花はこの悔しさを晴らす方法を考え、とある決意をした


「私は絶対、貴女を振り向かせるわ。『錬金術』でね」

「振り向くです? 麗花さんの言うことはさっきから少し難しいですね。取り敢えず頑張ってくださいです」

「ええ、ありがとう」

 

 今のままの麗花が造った作品では、蒼唯の興味を引くことは無いだろう。これから何年と研鑽を続けてもそれは難しいように思えた。

 しかし麗花は『錬金術師』として蒼唯の興味を引ける存在になると決意するのだった。


―――――――――――――――


 蒼唯と麗花のやり取りをアイテムを使い聞いていたはじめは、麗花の発言にガッツポーズを取る。


「よっし! 2択に勝利したよ優梨花!」

「2択とは何と何の2択ですか先輩」

「反逆者になるか信奉者になるかの2択だよ。これまでの常識を破壊された麗花が成るとしたらどっちかだったけど、危なかったよ」


 蒼唯に対抗するか付き従うかの2択。これまで多くの人が選んでいた方とは別の選択をした麗花に対して喜ぶはじめ。


「よく分かりませんが、信奉者だと駄目なんですか?」

「蒼唯を振り向かせるだけなら簡単だよ。可愛いアイテムでも造れば良いんだ。蒼唯は傑物だから趣味を重視しても私たちでは到底造れないモノを造れるけど、常人がその価値観で造ったらただ可愛いだけのアイテム製造マシーンに成り下がるよ」

「つまり、先輩は『錬金工房』の実質的なNo2がそうなる可能性も考慮した上で蒼唯と合わせたんですか」

「まあね。でもこれであの子は周りの雑音を気にせず自分を高めることに集中できそうだよ」


 プライドがあること自体は問題ではない。しかしそのプライドの矛先を自分より下に向けていたため、成長の妨げに成りかねないとはじめは危惧していた。しかし蒼唯にプライドを一度折られた結果、矛先が上向きに伸び始めたのだ。


「...破壊されたまま戻らなかった可能性は」

「そこは信頼だよ。まあ戻らなかったとしたら諦めるだけだよ」

「相変わらずのようで安心しました」


 実質3択に勝利したはじめなのであった。


 



 

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