第55話 夢遊病

 『悪夢の国』の話が最初、蒼唯の方に行かなかった理由の一つは、情報が足りなすぎた事である。蒼唯の造ったアイテムは、良くも悪くも影響力がありすぎる。間違った情報を元にアイテムを造った結果、被害が拡大する恐れがある。

 もう一つに海外の関係者たちの間で、これ以上蒼唯の社会的影響力を高めたくないという思惑があったためである。今回の被害の中心に日本はない。日本のギルドも巻き込まれてはいるが、ごく少数でありそのギルドも拠点を海外に移して状態だ。

 そんな中、日本の少女がこの事件を解決してしまうのは、面目が立たないと考える輩が多かったのだ。『崩壊都市』関連で散々蒼唯のアイテムを頼った者たちが今更な話ではあるのだが。


 そんな彼らは『夢牢』を何とかしようと躍起になった。しかし『神聖魔法』という方法を使っても、解除の糸口も得られなかったのが不味かった。一部の人間が結果を焦り強引な方法で起こそうと暴走した。


[これを使えば寝ている奴らなんて一発で目覚めされられるだろ]

[元『常陽都市』産のアイテムか! 良く手に入ったな?『常陽都市』が夜を取り戻しちまってからはめっきり見なくなったが]

[まあなツテがあってな]


 夢に囚われているなら起こしてしまえばという発想自体は悪くない。しかし彼らは失敗した場合を想定できていなかった。


 結果として目覚ましアイテムにより起こされた者たちの中に『夢牢』から解放された者はいなかった。

 それどころか、身体は覚醒しており動くが意識は夢に囚われたままという、夢遊病に似た状態になってしまった。探索者という身体能力が突出しており、魔法やスキルなども行うような者が制御不能に動き回る。それがどれだけ危険なモノかは想像に難くない。

 こうなることが予測できなかったのは仕方がない。しかし『常陽』の影響を多大に受けた関係で眠らない探索者を量産してしまった点、そして彼らをまた眠らせる方法を用意していなかった点は、明らかな落ち度であった。


[『常陽都市』で手に入れたアイテムで起こしてしまったのなら、その『常陽都市』を終わらせ夜を取り戻した彼女に頼る他ないのでは?]

[...結局こうなるなら事態が悪化する前に頼めば良かったのに。上層部は変なプライドがあるからな]


―――――――――――――――


 蒼唯が輝夜から『悪夢の国』の話を聞いてから一週間近く経過した頃、柊からメッセージが届く。


柊:「アオっちが前に納品してくれた『常闇フラッシュ』とかいうアイテムって在庫あるか?」


蒼唯:「『常闇フラッシュ』です? 趣味活外の一回限りのアイテムですから。何かあったです? 今になって欠陥でも見つかったです?」


柊:「いや、間違いなく『常闇フラッシュ』で『常陽』は打ち消せてるぜ。そうじゃなくて『常陽』に似た効果で起き続けてる者を眠らせたいという依頼が来ててな...」


蒼唯:「...それはもしかして『夢牢』に囚われた人たちです?」


 蒼唯が『悪夢の国』については兎も角、『夢牢』のことまで知っていることには驚く柊。


柊:「そうだぜ? 知ってたのか?」


蒼唯:「タイミングが良いと言うか悪いと言うか。取り敢えず状況は理解したです。依頼は眠らせる事でいいです?」


柊:「そうだぜ。受けてくれるのか?」


蒼唯:「相談してからです。ちょっと待っててくださいです」


 即断られるかと思っていた柊だが、受けてくれそうな雰囲気に逆に困惑するのであった。


 メッセージを終えた蒼唯は、テレビに張り付いているだろう、まっくよの所に行く。

 ニュースで『悪夢の国』について報道されて以降、まっくよは、このニュースに興味津々であった。夢という睡眠が関係している事であるからだろうか。蒼唯としては関わる気はあまり無いが、まっくよがここまで興味津々なのも珍しく、それを無下にするのも忍びなくなってしまう。


「まっくよ、柊さんから『夢牢』に関係する人を眠らせてくれって依頼が来たです。どうするですか?」

「まくっ! まくまく~」

「無理はしちゃダメですよ。...護衛にぬいも着いていかせるです?」

「ぬい!」

「まくまく」

「じゃあOKで返事しとくですね」


 この世に非常事態の対応にペットの『ぬいぐるみ』を送る返事をして許される人物は、蒼唯一人だろう。

 

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