第57話 私と同じ魔王軍の四天王よ
「どうやら一件落着みたいだな」
「そう……ですね」
畑の大根のようになっているゴーダを見ながら
一件落着という割に声に元気がない。ちょっと目が死んでいる。
「まぁ、気持ちは分かるぞ。ゴーダから奴隷扱いを受ける屈辱にずっと耐えてきたのに、ポッと出の悪魔とドラゴンがあっさりゴリラ退治しちまったんだから、今までの努力は何だったのかな? とか思っちゃうよな」
「わざわざ口に出さないで下さい。いい加減、泣きますよ」
もう半分泣いてるじゃん。ごめんて。
「おお、勇者ツクモ。それに我が娘、パロミデスよ。よくやってくれた」
どこに隠れてたのか知らんが、今更になって国王がよたよたやって来る。
この国王、影薄いな~。
俺の裁判の時も、喋ってるのほぼパロミだったし。ていうか、俺、国王の名前すら知らないんだけど。
コイツが司法・立法・行政の三権全部持ってるってんだから、ゴーダの次にこのおっさんが国の足引っ張ってんじゃねえのかな?
「このゴーダという男には、ほとほと手を焼いておったのだ。実力で聖剣アークに選ばれたわけではないことも知らずに、借り物の力で傍若無人に振る舞ってくれてなぁ……」
言いながら、国王は地面に落ちている聖剣アークを拾う。
あまりに自然な動きについスルーしてしまったが、この王様、今少し変なことを言ったような?
――嫌な予感がした。
咄嗟に俺はパロミの身体に抱きつく。
気品溢れる香りの中に、女の子の汗の香りが混じって――とか言ってる場合じゃない。
悲鳴を上げるパロミ(失礼だな)の身体ごと、横っ飛びで地面に倒れ伏す。
と、同時に背後で何かが
「お、お父様……?」
「おいおいおいおい、勘弁してくれよ。今、ゴリラ退治が終わったばかりなんだぞ。連戦とか聞いてねえぞ」
間一髪だった。さっきまでパロミが立っていた大地が――
「…………なぁ、ぱろみ。お前のお父さんって、両肩から鉱石風の腕が生える系のお父さんなの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
目の前の国王の両肩から、野太い腕が生えていた。ギラギラと、ごつごつとした銀色の鉱石の腕。
ファンタジー的説明するならミスリルゴーレムの腕みたいな?
「どうやら、国王すら別のナニカにすり替わってたみたいだな」
「まさか、お父様が偽物だったなんて……」
パロマの顔がサッと青ざめる。
「確かに最近、あの温和なお父様が、ガラの悪い傭兵や冒険者を集めたり、夜中にゴーダと何やらグへへへ悪そうに笑っていたり、朝礼で『力こそパワー』とか言い出したりしていましたが……」
「気づけよ。力こそパワーで気づけよ!」
ていうか王様、朝礼とかやるんだ。校長先生みたいだな。
「くっ……ギル……ガメウス…………た、たすけ……」
目を覚ましたのか、畑の大根ことゴーダが国王だったソレに助けを求める。
その時にゴーダが口にした名にロッテが驚きの声を上げた。
「ギルガメウスって……あんた、あのギルガメウスなの!?」
「くっ、くははははは。やっと気づいたか、アスタロッテ」
ぎしゃりと邪悪な笑みを作り上げる国王。
細々としていたその身体は、見る間にひしゃげ、細胞が分裂し、巨大化していく。
目の前に現れたのは、全長30メートルはあろうかという亀の化け物。
その全身は虹色に輝く白銀の金属で覆われている。
長く伸びた首の先に鎮座する頭。その部分だけで軽自動車くらいのサイズはありそうだった。
「ようアスタロッテ、久しぶりだな。昔なじみのお前に気付かれないか心配だったが全然気づかねえもんだから、笑いこらえるの大変だったぜ」
「ギルガメウス……」
「お、おいロッテ。こちらの亀さんと、お前お友達なのかよ?」
「友達なわけないでしょ!」
「あ、ごめん。お前、友達いないもんな」
「そういう意味じゃなくて! こんな奴と、友達なわけないでしょ、って言ってんの!!!」
あ、そういう意味ね。
「こいつ――ギルガメウスは私と同じ魔王軍の四天王よ。でも、こいつ弱っちい癖に偉そうで、しかも魔王の言うこと全然聞かなくて、しまいには減給三か月の後、六魔将軍に降格させられたのよ!」
「減給三か月ってサラリーマンかよ」
あと、さらりと六魔将軍とか増やすな。出て来られても覚えるの面倒だぞ。
「くかかかかか。人間のガキ相手に素直に答えるとはな。お前、本当に人間と人異の契約させられたんだな。しかも、そんなしょぼい男と」
「「しょぼいとか言うな!」」と、俺とロッテの声が被る。
すると、ロッテが
「いや、ツクモは確かにしょぼいんだけど……でも、私が言うのはいいけど、他人に言われると
とモジモジし始める。
何の言い訳を始めたんだコイツ。
そんなふざけた空気の中――音も立てずにヴリトラが跳んだ。
ギルガメウスの横っ面に、ヴリトラの右ストレートが突き刺さる。
しなり吹っ飛ばされる亀の頭。
「ご、ご主人様は……しょぼくない。そ、そんなこと言う人は、な、殴るから……ね」
「もう殴ってるじゃねーか」
怖いなぁ。言葉より先に手が出る系女子。
だが、吹っ飛ばされたはずギルガメウスの頭が、まるで鞭のように跳ね返り、今度はヴリトラの身体を吹っ飛ばす。
砦の壁に直撃したヴリトラが
「ヴリトラッ!」
「馬鹿が、俺に物理攻撃は効かねえよ」
ヴリトラの馬鹿力で殴られたはずなのに、ギルガメウスの顔には傷一つついていない。
「あー、やっぱりか~」
「やっぱりって何なんだよロッテ」
「ギルガメウスの身体はアダマンタイトっていう世界一硬い金属で覆われてるらしくって、物理攻撃が一切通らないのよ」
と、あっけらかんと言われても困るんだが。
「物理攻撃が一切効かないってヤバくねえか? ……でも、お前さっきこの亀のこと弱っちいって言ってたよな?」
「そーよ! あいつ弱っちいのよ! 硬いし、魔法にもそれなりに強いんだけど、状態異常にはめっぽう弱いの。だから、私の毒魔法で瞬殺できちゃうのよね」
「物理攻撃は効かないけど、毒とか魔法は効くか……それじゃ、ゴーダの能力を真逆――」
と、言いかけの俺を無視してロッテが魔力を右手に集中させる。
「というわけで、やっちゃうねツクモ」
「おお怖い、怖い。確かにお前の毒は、俺にとって天敵みたいなもんだ。だが、それも過去の話だけどな――」
そう言うなりギルガメウスは、その巨大な口で地面に埋まっていたゴーダを引っこ抜き丸呑みしてしまう。
「この亀、一体何を!?」
「何をって、貸してたものを返してもらっただけだぜ」
「貸してたもの?」
すると、ロッテがオレの疑問に答える。
「ギルガメウスの得意な魔法に《貸し付け》っていうのがあって、自分の力を貸し与えることで、相手から利子をつけて貸していた力を回収できる魔法らしいんだけど……」
どうやら、その口調からも分かるように、ロッテ自身も詳しくは知らないらしい。
「あんな雑魚ゴリラが勇者に選ばれたのか不思議だっただろう? そう、俺はずっとゴーダに力を貸していたんだよ。聖剣アークの力をな!」
その言葉にパロミデスが反応する。
「あり得ません! 聖剣は所有者を選びます。邪悪な魔物が聖剣アークの所有者に選ばれることなんて……」
「そうだ。俺は聖剣アークに選ばれてなんかいない。ただ、俺の《貸し付け》は意志さえあれば生物だけじゃなく、物質にも効果があるんだよ」
「まさか……」
「ああ、五年かかったぜ。聖剣に力を貸し与え続けて丸五年だ。やっと聖剣の力の全てを取り立ててやった」
そういうことか。この亀は聖剣に選ばれたわけじゃない。
聖剣を乗っ取ったんだ。
「でも、何でわざわざ聖剣の力をゴーダに貸し与えたりした。自分で使えばいいだろ!」
俺の問に、ギルガメウスは鼻で笑う。
「それじゃ駄目なんだよ。俺が使ったところで、俺自身の特有恩恵が強化されるだけだからな。これ以上身体が硬くなったり、魔力が高まったりしても大して強くはなれない。だから――」
「まさか、そういうことか!?」
聖剣アークは持ち主の特有恩恵を強化するらしい。
この亀がわざわざゴーダに聖剣を貸し付けた理由。それは、人間が聖剣を持った時にのみ手に入る、あの特殊能力を手に入れるため。
「話が長い!」
「パ、パンチが効かないなら……ブレスで!」
「ま、待て、お前ら俺の話を――」
と言って聞く二人じゃないわけで、ロッテの毒魔法とヴリトラのドラゴンブレスがギルガメウスに炸裂する。
強大な魔力の二大爆裂。
その余波だけで周囲は大惨事。兵士も集まっていた国民もその場から逃げ出す。
だが、それだけの攻撃を喰らった直後だというのに――
「くかかかかかか、今、何かしたかなぁぁぁぁ?」
土煙の中、醜悪に笑いながら姿を現す巨大な亀の化け物。
その胸元には、ギルガメウスに吸収され銅像のように固まったゴーダの上半身があった。
「うわ、センス無い、キモ! じゃなくて、何で私の毒が効いてないのよ!?」
「わ、わたしのブレスも……なんでか、効いてないですぅ……」
「だから待てって言っただろ! この亀は、ゴーダの勇者としての能力――『人間以外の特有恩恵を無効化する』って力を吸収したんだよ!」
わざわざ
これは想像以上に厄介だぞ。計算上では、無限に強くなれるチート魔法じゃねえか。
「こいつはどんな物理攻撃も効かない身体と、どんな特有恩恵も効かない身体の、その両方を手に入れたんだよ!」
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