第56話 まるで畑の大根みたいだった。

 爆発的なロッテの魔力に一瞬たじろぐゴーダ。

 だが、すぐに余裕の表情を取り戻す。


「ははっ、ビビらせやがって。確かにすげえ魔力だ。だが、どれだけ魔力が上がろうと、俺様には効かねえってのが分からねえのか!?」

「んなもん知ってるわ! ロッテ、ここは逃げて体勢を立て直すぞ。聖剣の力がいくら強力でも、きっと弱点はある! あとで作戦を――」


 だが――今の今までロッテがいたその場所には、すでに誰も居なかった。

 肌に感じたのは一筋の風。そして――

 

「魔法が効かないなら、拳で殴ればいいじゃない!!!」


 空気が炸裂した。

 それは、瞬時に距離を詰めたロッテが、下から突き上げるボディアッパーでゴーダの巨体を貫いた音。

 胃液と血液が混じった汚らしい液体を吐き出すゴーダ。

 自分の身に降りかかったあまりの出来事に、理解が追い付いていないようで目を白黒させている。


「ぐぁ、ごほっ! げほぉ……」


 身体をくの字に曲げ、苦しそうに膝をつくゴーダ。

 軽くこぶしを握り、それを見下ろすようにゆったりと、それでいて優雅に勇ましく立っているのは俺の奴隷であり、大悪魔でもあるアスタロッテ。

 全身から溢れ出る黒い魔力は、今までに見たこともない質量だ。


「ば……ばかな……お、俺にはお前の魔力は効かないはずじゃ……」

「いや、だから魔力なしで全力で殴っただけだって言ってるでしょ」


 は、はは。めちゃくちゃだ。

 魔力によって身体能力は上がっているのは間違いない。だが、今のロッテの一撃には魔力で拳を強化するとか、相手の身体に魔力を打ち込むとか、そういう工程が一切ない――純粋な膂力。


 これが、本当に、本気、全力全開のロッテ。

 

「つーか遅せえよロッテ。お前、人の命食いすぎだろ。……でも、今のお前は最高にイイ感じだな!」

「うん、お腹空いてたから! でも、不味かった! ありがとう!」

「どんな感想だよ!」


 そんな馬鹿みたいな会話が妙に久しぶりなような気がして、ひどくホッとする。

 だが、そんな空気を許さない男が一人いた。


「ふざけんな……何を笑っていやがる。こんなのズルじゃねえか。こんなのお前の力なんかじゃねえだろ」


 苦しそうに、だが世界中に憎しみをぶつけるようにゴーダが呪いの言葉を吐く。


「散々、俺様のことを否定しておいて、結局、お前だって偶然手に入れた力を使って、自分のやりたいようにやってるだけじゃねえか。てめえは……俺様と何も変わらねえよ」


 ――そんなの分かってる。


 そう言おうかと思ったが、予想外の声にそれは遮られた。


「アンタとツクモが一緒なわけないでしょ! ぜんっぜん違うから!」


 ロッテだった。珍しく怒っている気がする。

 いや、怒ること自体はよくあるのだが、そうじゃなくて何だか真剣に怒っている。そんな気がした。


「ツクモはねぇ、とことんお人好しなのよ。人異の契約を盾にすれば、私たちにどんな酷いことだって、街でアンタのように王様みたいに振る舞うことだってできた。けど、コイツ全然やらないの」


 そう言うロッテは、俺の顔を見てちょっとバカにしたようにクスリと笑う。

 何だコノヤロー。やるかコノヤロー。


「口ではお前は俺の奴隷だ~とか言っておきながら、本当に酷いことはしない。結局、私のことを一人の女の子として扱おうとしてるのよ。嫌われ者の毒悪魔なのに……笑っちゃうわよね」

「…………」

「どんな平和ボケした世界で育ってきたのよって思うくらいお人好し。でも……私はそれがいいと思ったし、ツクモはそれでいいと思ってる」


 ゴーダに向けていた厳しい視線をふっと緩め、ロッテは俺へと向き直る。


「ねえ、ツクモ。さっきの、自分みたいなのがモテるのはおかしいとか、こんな世界は間違ってるとか……言ってることは情けないんだけど」

「余計なお世話だ」

「うん。情けないんだけど、でも何だかちょっとカッコよかった。だから――契約とかじゃなくて、アンタの言うこと一度だけ聞いてあげる」


 奴隷のクセに偉そうにしやがって――とは思ったが、そこは言わぬが花。

 俺は素直に、ちょっとした害獣退治を頼むことにした。


「じゃあ、ちょっくらゴリラ退治頼めるか? さっきからゴリラ臭くてたまらねえんだよ」

「了解、ご主人様」


 笑顔のまま、指をぽきぽきと鳴らしてゴーダに近づくロッテ。

 これは怖いやつだ。正直、どっちがゴリラだか分からんな。


「どう? これが私のご主人様よ。ね、ツクモはあんたとは違うでしょ。というわけで、これからやることは、命令とかじゃなくって、全部私がやりたくてやるだけだから……覚悟しなさい!」


 言うが早いか、繰り出されたロッテの足蹴り(指鳴らしてたのに蹴りかい!)によってゴーダの身体が空高く打ち上げられる。

 空飛ぶゴリラを追いかけるようにロッテが跳躍。そこからは惨劇のような空中コンボが炸裂する。


「しゃがみ強K>大ジャンプ>弱P>弱P>中K>強P>二段ジャンプ>強K>弱P>中P>強Pって感じだな」


 ちょっと可哀想になるくらい連続攻撃で遊ばれている。あ、落下してきたところを弱Pでまた拾われた。


「最初の作戦では、逃げて体勢を立て直すはずだったのに……魔法が効かないなら拳で殴ればいい? 何その、肉体言語系マリーアントワネット」


 魔力の一切乗っていない、純粋なパワーでもてあそばれるゴーダ。

 そして、調子に乗ったロッテは、トドメとばかりにゴーダを右ストレートでぶっ飛ばす。 


「って、あのバカ悪魔! そこは!」


 ゴーダが飛ばされたのは、ガルテ、ルルフィのすぐ近くだった。

 二人の存在に気づいたゴーダは、チャンスとばかりにガルテとルルフィのヘッドホンを叩き落とす。

 すぐさま振り返り、ロッテを睨みつけるゴーダ。


「馬鹿が! これで形勢逆転だ! ガルテ、ルルフィ! あの悪魔女を殺――」


 そこまで言ったゴーダの背後で、二度、鈍い轟音が響いた。

 恐る恐る、後ろを確認するゴーダの目の前にあったのは……地面にめり込んで気絶しているガルテとルルフィ。

 そして、その横に困り顔で立っているのは、我が陰キャ奴隷――邪竜ヴリトラ。


 どうやら、ヴリトラがグーパンチ二発で、二人の上位種族を地面に〝埋めた〟らしかった。


「あ、あ……れ? 上位種族って……言ってたから、ちょっと、本気出したら……地面にめり込んじゃった? し、死んじゃった? ど、どうしよ、ご主人様ぁ」

「だ、大丈夫だ……二人とも生きてるっぽいぞ」

「ほ、ほんと? よ、よかったぁ」


 めり込んだ身体がぴくぴく痙攣しているからな。辛うじて生きているんだろ。たぶん。


「あ、ああ、にしてもナイス判断だ、ヴリトラ! 気絶させちまえば命令は聞こえないもんな!」


 即死寸前な気絶に見えるが、そこは突っ込まないでおこう。


「なっ、てめぇドラゴン女! どうして……あれだけの聖具をどうやって外しやがった。そこの悪魔女と違って、お前は命を食ったりしてねえだろうが!」

「………………愛の力?」


 うん、これ本気で言ってるからちょっと怖いよね。 


「ふふふ、聖具を外したのはクルリですよ」


 両手の指でいくつもの聖具をくるくると弄びながらクルリが笑う。


「て、てめえ。外したって……あれだけの聖具をそんな簡単に外せるわけがねぇ! あれは創星教の天才エルフが作った最新の……聖具…………創星教の……エルフ?」


 言ってる途中で気付いてしまったのだろう。ゴーダの台詞が尻すぼみに消えていく。

 そして、それに代わるようにクフフと笑うクルリが自己紹介をする。 


「あ、どーもご紹介に預かりました、創星教の美少女天才エルフ、クルリ・クルックーです。以後お見知りおきを、あ、でも以後なんて無さそうですね、ザコ

勇者さん♥」

「あ……?」


 っという間に、ゴーダの身体が地面に埋まる。

 ヴリトラの振り下ろした拳が、ゴーダの脳天に叩きつけられたのだ。


「さ、最初、ドラゴンブレス……効かなくて、鱗が斬られたりして……ちょっと、焦ったけど……なんだぁ、な、殴れば良かったんだね。えへへー」 


 ロッテにボコボコにされ、ヴリトラには地面に埋められて、今やゴーダは虫の息。さっきまでの偉そうなゴリラは見る影もない。

 ガルテとルルフィは可哀そうだが、三人並んで地面に埋まってるところは、まるで畑の大根みたいだった。


「あはははは、特有恩恵使わなくてもこれだけ強いって……じゃあ、人間って何なんですかね? 何のために生まれてきたんですかね?」


 嬉しいのか悲しいのか情緒が壊れてるパロミデス王女殿下。


「深く考えるな、ぱろみ。人はな、幸せになるために生まれてきたんだ。それでいいんだよ」

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