第55話 ――それはダセえだろ

「俺はよぉ。こう言っちゃなんだが、名門貴族の出なんだよ」


 自分は、中央の有力貴族――バナゴー家の次男として生まれたのだとゴーダは言った。


「兄弟たちは皆、立派でよぉ、長男のゴリウスは家を継いで名領主とか言われてて、弟のゴリゾーは将来を期待される騎士団のホープだ。姉貴たちも有力貴族に嫁いで、お家の繁栄ってやつのための務めを果たしてる」


 だが――とゴーダは話を続ける。


「なのに俺だけが、ガキの頃からずっと、勉強も、運動も、何もかもダメダメで、顔も俺だけが何故か不細工でよぉ。家族はおろか、使用人にまで馬鹿にされて育ったんだ」


 懐かしむようにゴーダが遠くを見る。


「それなりに頑張った時期もあった。騎士見習いとして訓練所に入ったり、強力な種族と人異の契約して見返してやろうとしたり……でも結局、何も身に付かなくてよ。気が付いた時には、出来損ないのお荷物扱いだった。一年のほとんどを部屋に籠って過ごした」


 こいつも……俺と同じようなもんか。


「そんな時に親父から命じられたのが、勇者パーティのサポーターだった。重要な仕事だと思った。こんな仕事を命じてくれるんだ……親父は俺に期待してくれているのかもしれないって思ったよ」


 当時感じたほのかな期待を思い出したのか、フッと笑うゴーダ。だが、その表情はすぐに憤怒のそれと変わる。


「けど、間違いだった。夜中、親父がババアと話しているのを聞いた。勇者パーティの冒険についていけば、あの役立たずは数日を持たずに死ぬだろう。出来損ないが名誉の殉職をしてくれたなら、ゴミ捨てのついでに家の面目も保たれて一石二鳥だって……笑っていやがった」


「…………」 


「それを聞いた俺は、絶対死んでやるものかって思った。あいつらに復讐するまでは絶対に生き残ってやるってな……」


 ゴーダの表情が怒りから、徐々に楽しそうな、それでいて狂気を孕んだものに変わっていく。


「とりあえず、勇者パーティから追放されてやろうと好き勝手に振る舞った。あんな化け物パーティに付き合って死んじまったら元も子もないからな。卑怯者とののしられようと、危険がありゃすぐに逃げる。勇者のパーティの権力を笠に着て、街じゃやりたい放題してやった」


「自分からクビになろうとしてたのか……」


「ああそうだ。けどな……それでも、マリベルは俺を追放しなかった。それどころか、いつもへらへら笑って、何か悩みがあるならちゃんと聞いてやるとかふざけたことばかり……あれは屈辱だった。あのメスガキは俺のことを馬鹿にしてやがったんだ」

「姉様はお前のことを馬鹿になんて!」


 クルリが叫ぶ。

 だが、捻じ曲がり、凝り固まったゴーダの怨念には響かない。その声すら耳に入っていないかのように、独り勝手に話を続ける。


「そんな中で、あいつに誘われた。そして俺は――勇者と魔王をぶっ殺して、ついに力を手に入れた。世界が一変したぜぇ。糞だと思っていたこの世界が、力さえあれば何でもできる、最高の世界なんだってやっと気づいた。生まれたことに初めて感謝した」


「…………」


「なぁ、ヤマダツクモ。お前は俺によく似てる。お前なら分かるだろぉ? なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、散々苦汁を舐めてきたんだ。今度は俺はいい目を見る番だろぉォォォ!!!」


 目が血走っている。すでに通常の精神状態からはかけ離れているのかもしれない。天に向かって両手を広げ、ゴーダは何者かに請うように叫ぶ。


「もっとだ。もっと力を寄越せ! 奴隷も何もかも要らねえ。俺一人でここに居る全員を皆殺しに出来るくらいの力を!!!」


 そんな邪悪な祈りと共に、ゴーダの身体から暗黒が噴き出る。

 聖剣の力とは思えない邪悪なうねり。

 その黒い力に呆気にとられたパロミデス。その一瞬の隙をゴーダの悪剣が襲う。


「あぶねぇ!」


 パロミデスを庇い、突き飛ばす。

 それと同時に俺の横っ腹がえぐられる。脳が破裂するような激痛が昇ってくる。間違いなく致命傷だった。


「ツクモ様!」

「慌てんな、よ。ぱろみ……俺は死なねえって……言った、だろ……」

「てめぇ、何度も何度も邪魔しやがって……」

「うっせえわゴリラ。何度だって……邪魔してやるよ。俺は、お前が……大嫌いだからな!」

「俺様が嫌い……は、笑わせやがる。俺には分かるぜ、お前は俺と同じだ……無能で無価値。世界に必要とされないはみ出し者だ」


 お前と俺は同じだ――ゴーダは何度も呪いのようにその言葉を俺に告げる。


「気持ちよかっただろぉ? 何にも持っていなかった自分が特別な力を手に入れて、最強の悪魔とか邪竜だとか、イイ女を奴隷にして! 勇者様とかおだてられて……世界が一変しただろ? こんなサイコーな世界は他にない、この世界の主人公は自分なんだって、お前も思ったんだろう!?」


 最高の世界。

 主人公は自分。

 ゴーダにそんな風に言われて、やっと気づいた。

 ずっと、引っかかってた、胸の奥のこのムカつき。


「ああ、確かに俺とお前は似てるよ。俺も恨んでた。世界を、周りを。自分の人生が上手くいかないのを、全部、親父やクラスの連中のせいにしてた」


 人生なんて生まれた時からガチャで決まってるなんて、知った風な口を利いて。


「だから、異世界に来て、チート能力貰って、ロッテやヴリトラを奴隷にして、最初は楽しかった。俺の時代がやって来たって思ったね。この力使って、もっと活躍して、美女はべらせて、俺がこの世界の主人公になってやるって……息巻いてた」


 やっぱり異世界は最高だぜ! ってな。


「でも、この街に来てから、なんかムカついて仕方なかった。女の子を奴隷にして笑ってやがるトカゲ野郎とか。てめえみたいな力だけのゴリラが、可愛いお姫様とか、健康的な美脚獣人ちゃんとか、すっごいヌルヌルプレイしてくれそうなウンディーネちゃんとか相手にやりたい放題やってるのが腑に落ちなかった」


「てめぇ、何が言いたい……」


「俺は、前の世界は糞だってずっと思ってた。異世界は最高だって思ってた。でも、偶然ラッキーで力を手に入れただけの俺やお前が、好き勝手出来る世界って……なんか違くねえか?」


 そんなの不条理だ。フェアじゃない。

 そういう世界をずっと憎んでいたはずなのに、いざ自分が優遇される立場になった途端、手のひら返しってどうなんだよ。


「パロミみたいな可愛い女の子は、顔が良い奴とか、優しい奴とか、面白い奴とか、金持ってる奴とかさ、むしろそういうの全部持ってるレベルの男とくっ付くもんだろ。なのにこの世界じゃ、強い奴とか権力持ってる奴とかを選ばないと、まともに生きていくことさえできない」


「別にいいじゃねえか。弱肉強食。強い奴が弱い奴から奪う。これ以上の平等は無えだろうが」 


「それも、一理あるとは思う。でもよ、お前力を手に入れる前は、そんなこと言ってたか? どうせ『強い奴ばかり良い目を見るこんな世界はクソゲーだ!』とか言ってたんだろ? なのに、自分が力を手に入れた途端、ここは最高の世界だって?」


 笑わせんな。


「――それはダセえだろ」

「て、てめぇ…………」

「俺はそんなダサい奴になりたくねえと思ったよ。で、そう思ったときに、気付いたんだ。結局俺は前の世界で――『こんな世界はキライだ』とか言っておきながら『俺みたいな男がモテないのは当然だよな』って心の中じゃ納得してたんだ」


 前の世界の全部が汚かったわけでも、正しかったわけでもない。

 今なら、そう思える。あそこは、平和ボケした結構いい世界だったって。


「ゴーダ。お前はこの世界の歪みだ。だから、俺はお前をぶっ倒す。お前みたいなゴミクズにへつらわなきゃ生きていけない世界なんて俺がぶっ壊してやる! そう決めたから、俺は逃げねえでここに居るんだよ!!!」


「ごちゃごちゃごちゃごちゃ…………うるせえんだよぉぉお!」 


 ざくりと、ゴーダの剣が俺の心臓を貫いた。


「ゲフ……ふ、無駄だって言ってんだろ、このゴリラ野郎」

「知ってるぜ、どうせまた生き返るんだろ……だったらまた同じように殺してやるよ。何度だって殺してやる。何度でも何度でも、テメエがいい加減殺してくれって泣き叫ぶまで繰り返してやる」


 ゴーダが俺の身体から聖剣を抜く。大量の出血と共に意識が薄らいでいく。

 そして、もう何度目か……暖かな浮遊感と共に俺の身体と意識がよみがえる。

 目の前にはゴーダ。

 だが、俺が生き返ったことに驚いている様子はない。


「気持ちの悪い野郎だ。でも、とことん付き合ってやるぜぇ。さっきと同じように今すぐ殺してやる」

「さっきと同じように? ……そりゃあ無理だぜ、ゴーダ」

「あ? なにを……」

「まぁ聞けよ。ずっと変だと思ったんだ。ロッテのやつ、アレだけ飯食ってんのに負けるたびに『腹が減ってたから』て言い訳すんだよ。最初は何を子供みたいな言い訳してんだって思ったけど――――アレは言い訳なんかじゃなかったんだ」


 クルリに聞いて分かった。


「悪魔にとって、人間の食事はあくまで嗜好品しこうひん。本当の意味で腹を膨らますには、他者の命を喰らうしかないんだってよ」

「それが何だってんだ……」

「実はな、俺は、ここに来てすぐにロッテとある約束をしたんだよ」

「約束だぁ?」

「ああ、まぁ、そんあ大した話じゃない。ただ――」


「――――『ここでゴリラ野郎に殺された俺の命は、全部、お前に食わせてやる』って言っただけさ」


「なっ!?」


 俺の言葉の意味に気付いたゴーダ。その顔に焦りが生まれる。


「しめて俺の命、三十八個分。たんと食ったんだ。そろそろ満腹だろ? なぁ、ロッテ!」


 俺の声に呼応するように、バキ、ボキ、と金属が弾ける音が聞こえる。

 目を向けると、全ての拘束具を破壊し、ゆらりと立ち上がる大悪魔アスタロッテ。身体の自由を奪っていた無数の聖具もひび割れ、崩れ落ちていく。


 ロッテの強大な魔力に聖具が耐えられず、自壊しているのだ。


「どうよ! 腹いっぱいになった俺の駄肉奴隷は今、最高にキレッキレだぜ!」

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