第52話 こうして、ボクは学校に行かなくなりました。
ここで少し語ろう。
本当は口にしたくもない、思い出したくもない俺の過去を――。
◇
あれは高校一年の秋だった。
「いえーい、賭けは
「罰ゲームってマジで言ってんの、
「マジに決まってんだろ怜美。さっそく明日、オタ山に告白な~」
「ちょ、やめてよ
「何だよ怜美、イイ子ちゃんかよ。てかウケる~、おた山堕とす気マンマンじゃーん」
「だよな~。怜美、自信アリアリかよ~」
「ちょ、そんなんじゃないって、ただアタシは――」
そんな会話を耳にしたのは、放課後の帰り道。
クラスでも目立っている陽キャグループの会話だった。
「……あの
派手なメイクに、ド派手なネイル。
緩く着崩した制服の胸元からのぞく豊満な胸。
健康的な褐色の肌は、四分の一だけ入っている外国の血が由来だとかなんとか。
〝だとかなんとか〟で悪かったな。こっちは風の噂程度にしか知らねえんだよ。本人と話したことすらないし。
そう、話したことすらない。けど……ずっと気になっている女の子だった。
別に俺はギャルが好きってわけじゃない。
むしろ、煩いし態度でかいしで、嫌いな人種だと言える。
でも、如月さんはどんなにメイクを濃くしたところで、素顔の可愛さが全く隠しきれていなかったし。
品が良いとは言えない馬鹿笑いも、よくよく聞いてみると可愛らしい声で、聞いていると不思議と元気を貰えたんだ。
☆
「――オタ……じゃなかった、山田。アタシ、実はアンタのこと好きなんだよねー。だからさー、つ、付き合ってくんない?」
「はい、よろこんで!」
「返事はや! ってか、居酒屋の店員かよ!」
山田って、意外と面白いのな~。
そんな風に笑う如月さんから目が離せなくなる。
罰ゲームの告白だとは知っていた。でも、こんなチャンスは二度とないと思ったから、後でどやされてもいい。
たとえ本物じゃなかったとしても、俺は如月さんの彼氏になりたいと思った。
だから――。
こうして俺たちの交際(嘘)は始まった。
それは夢のような時間。
授業中意味もなく目くばせしたり、帰りに待ち合わせしたり、ボケに対するツッコミが遅いと小突かれたり。
そして、ぎこちないながらも、彼氏彼女のような関係を始めてから三日目。
「ヤバイ。ツクモ、勉強、教えて」
「な、なに? 急に」
「ママがこれ以上成績下がるようならお小遣い減らすって! まじ有り得なくない? オーボーだよね? 職権らんよーだよね? つーわけで、アタシに勉強教えて♪」
「わ、わかったから、きょ、距離近いから! じゃ、じゃあ放課後に図書室で――」
「えーアタシあそこきらいなんだよねー。なーんか目つきの悪いメガネ女が睨みつけてくんの」
「それは如月さん達が図書室で騒いでたからじゃ?」
「な・の・で、放課後はツクモの家に集合ね。けってーい!」
☆
「――うおーー、なにこれなにこれ、なにこれ珍百景? すっごい、漫画あるじゃん。何で本棚天井まであるの業務用? 業スーで買ったの?」
俺の部屋に入るなり、俺の漫画・ラノベコレクションに感嘆の声を上げる如月。
「業務用じゃないし、業務用スーパーで本棚売ってないでしょ」
「あれ? これ『オオカミと興信所』だよね? 何で小説なの? 漫画じゃないの?」
「それは原作は小説なんだよ。ていうか、如月さんよく知ってるね」
少し古い作品だし、アニメ化はしたけれど深夜枠だったはずだ。
「アタシ、これ好きだよ。ネトクリのオススメで出てきた。話は難しいけど、なんかキュンキュンするよね」
「そ、そっか……じゃ、じゃあ小説読む?」
「いや、アタシ小説とかムリムリだから。漫画の方が……おお、『鬼殺廻戦』全巻あるじゃん! アタシこれ好きなんだよね~。アニメ見てドハマりしちゃってさー」
「って、何で自然に読み始めてるの? 勉強するんだよねぇ!」
意外にも、如月さんは漫画やアニメも観るらしく、共通の話題が出来たことで二人の関係がより親密になったような気がした。
勉強会も楽しくて、テスト週間が永遠に終わらなければいいのになんて、思ったりした。
☆
「見て見て、ツクモ! アタシ史上最強得点! 数学で五十点以上とかマジ神くない? ていうか赤点なしとか初だよ! うーん、アタシは天才だったのかもしれん」
「赤点を回避しただけで天才って……」
「いーでしょ。アタシ的にはマジヤバなんだから!」
そう言って笑う如月さんが可愛くて、もっと好きになって、好きになればなるほど、彼女からの告白が罰ゲームであるという事実が苦しくて。
――知らない振りをするのも限界だった。
だからその日、今度は俺から本当の告白をすると決めた。
「ごめん。如月さんが俺に告白してくれたのが罰ゲームだったって……俺、知ってたんだ」
誰も居ない放課後の教室。
話があると、彼女を呼び出した俺は、ずっと言えなかった真実を伝えた。
「え……」
「ずっと騙しててごめん。でも俺、如月さんのこと好きだったから……それに例え嘘だったとしてもこの二週間、本当に楽しくて、如月さんことをもっと好きになって……だから」
今までも好きになった女の子はいた。
でも、その感情は子供のおままごとのようなもので……本当に誰かを好きになったのは、如月さんが初めてなのだと自信を持って言えるから。
だから、そんな想いを胸に、ありったけの勇気を振り絞る。
「如月さん、あなたが好きです。俺と、本当に付き合ってください!!!」
「本当にアタシのこと? やった……」
小さな喜びの声を上げる如月さん。
良かった。嬉しい。彼女もやっぱり俺のことを……。
そう思った次の瞬間――。
「よっしゃぁぁぁぁ、アタシの勝ちぃぃぃ!!! うえーーーい」
突然のガッツポーズ。
誰かの椅子に足を乗せて、勝利の
「んだよ、オタ山しっかりしろや~。何、簡単に落とされてんだよ。チョロ男かよ」
「だよねー。お前のせいで怜美に
俺への不満を漏らしながら、如月さんの友人の
「え? へ? は? こ、これって、どういう……」
「あっはははは、ごっめーん、オタ山。実は亜斗夢と咲彩と賭けてたんだよね~。アタシがアンタのことガチで落とせるか、って」
へらへら笑いながら、手を合わせてカタチばかりの謝罪をする如月さん。
「そうだぜ、オタ山~。ってかお前、ギャルとか興味無さそうだから、俺と咲彩は落ちない方に掛けてたのに……たった二週間て、お前まじ使えなさすぎw」
「てか真面目な顔して黒ギャル好きとか、控えめに言ってキメェよオタ山www シンプルに死ねwww」
芹沢と金城が、交互に俺をディスる。
頭が追い付かなかった。
「で、でも、付き合ってたときは、あんなに楽しそうに……漫画の話とか、初めて赤点じゃなかったって喜んで……」
「ばぁーか。全部演技に決まってんじゃん。つーか、罰ゲームで告白するって話、わざとオタ山に聞こえるように話してたんだよ?」
「な、なんで、そんなこと……」
「演出だよ、演出。『嘘の告白なんて、オタ山がかわいそう……』ってあたしの演技、けなげで良かっただろ? 見た目はギャルだけど、中身は優しい子なんだ……ってグッと来ただろ?」
「嘘……だ……」
「嘘じゃないって。漫画とかも、アンタが好きなやつを前もって調べただけだし、テストはアタシ元々赤点なんて今まで一度も取ったことないんだよね」
「うっは、怜美まじひでー」
ケラケラ笑い合う彼女たちを見ても、事実を受け入れられなかった俺は、何かの間違いに違いないと、如月さんに想いを伝えようとする。
「そ、それでも……俺は本当に、本気で如月さんのこと――」
「しつけーな。かわいそーだから優しくしてあげたけど、あんま調子に乗んなよオタ山。アタシがテメェと本気で付き合うわけねえだろ。オタクとか生理的に無理。あと、アタシはとっくに亜斗夢と付き合ってるから」
そう言って、芹沢に抱きついた如月さんは、俺に見せつけるかのように、その豊満な胸を芹沢に押し付ける。
完全に俺の初恋が終わった瞬間だった。
「てゆうわけで、じゃあねオタ山。アンタは一生あのエロい抱き枕でシコってな~」
「えー怜美、何そのエロい抱き枕って――」
「えっとねー、オタ山んち言ったとき、押し入れに隠してあったの見つけたんだよねー。おっぱいデカい悪魔みたいな女の抱き枕」
「うはは、オタ山ってそういうのが好きなんかよ。引くわー。海くらい引くわー」
俺のことを笑いものにしながら、楽しそうに去っていく如月怜美。
さよなら俺の初恋。
――こうして、ボクは学校に行かなくなりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます