第51話 ゴリラ寝起きドッキリ

「いや、だからさ~。そこのゴリラぶっ殺して、新しい勇者現れるの待った方がよくね? 断言するぜ、そいつ永遠に魔王退治なんて行かねえぞ」


 俺の言葉にパロミデスが目を真ん丸にする。


「新しい勇者が五年間生まれなかった? でもそのゴリラ、五年経とうが十年経とうが、魔王を倒しに行くと思うか?」

「あっ………………確かに……」 


 自分の口から思わず漏れた言葉に、パロミデスが慌てて口をつぐむ。だが、時はすでに遅し。パロミデスの反応にゴーダが烈火のごとく怒り始める。


「俺を殺して新しい勇者だぁ!? てめえ、頭湧いてんのか? この世界のどこに勇者である俺様を殺せるような奴が居るってんだよ!!!」

「そ、そうです! ゴーダ様を倒すって、どこに誰にそんなことが出来ると!?」

「そうか? 意外とできるんじゃねえの? お前が、お前らがやろうとしなかっただけでさ……ほれ、これ観てみ?」


 そう言って俺はピクトの応用魔法ドゥーガを発動する。


 ドゥーガは映像を記録、再生する魔法だ。

『写真が撮れるんなら動画も取れるんじゃね?』と思い立ってやってみたら成功しちゃったんだよね。

 ネットでエロ動画ばかり漁っていた経験が役に立ったのかもしれない。

 なんて余談はさておき、空中に大きく映し出された映像から音声が流れ始める。


『おはよーございます』

『現在、夜中の三時。今私は、インチキゴリラ勇者、ゴーダの寝室前に来ております~』


 それはゴリラ寝起きドッキリの映像だった。


『では、ゆっくりドアを開けて~。いざ、入場~』

『お、居ました。見てください、ゴリラのきったねえ寝顔を。いびきも煩いですね。死ねばいいのに』

『え~情報によると、昨日、このゴリラはかなり深酒したらしいので、ちょっとやそっとのことじゃ起きないです~。ほらこんなことをしても~』


 と言いながら、映像の中の俺がゴーダのまぶたにペンで目を描く。

 少女漫画のような、でっかいキラキラのお目目めめだ。

 自分で言うのもなんだが、会心の一撃レベルに面白い顔だった。その証拠に、周囲からクスクスを笑いが起こる。


「てめえだったのか! 俺の顔に落書きしやがったのは!!!」


 怒り心頭のゴーダ。だが、そんなゴーダを置き去りに映像は流れ続ける。


『お、こんなところに聖剣がありますね~。床に転がしたまんま。そうだ……起きたら聖剣が無くなってたってドッキリも面白そうですね~ というわけで早速……』

 

 映像の俺がふんぬーと力を入れるが、聖剣は動かない。


『重いなこれ。だるいからやめよう。代わりにペンで『ゴリラ専用』と書いておこう』


「やっぱりそれもお前かぁぁぁ!!! 消すの大変だったんだぞ!」


 あ、自分で消したんだ。

 さすがにあの顔と、ゴリラ専用聖剣は人には見せられなかったらしい。グッジョブ俺。


『というわけで、ミッションコンプリートゴリラ勇者の寝起きドッキリならぬ、寝たままドッキリでした~ チャンネル登録よろしく~』

 

 そんな軽快な挨拶と共に動画は消える。

 そして俺は改めてパロミデスに視線を向ける。


「――な、これで分かっただろ?」

「な、と言われても何が何だか」


 ったく、わかんねんのか。察しの悪いぱろみだな。


「ぱろみ。お前がその気になればゴーダを倒すことだって出来たんじゃねえの? って言ってんだよ!」

「な、何を根拠に?」

「今の見て分からねえのか? このゴリラはお前らの人間のこと舐め腐って、脇が甘々なんだよ! 聖剣は床に放りっぱなし。深酒して部屋の侵入者にも気付かない」

「そ、それは……」


 さすがのぱろみも気付いたか。

 いや、気付かないふりを止めたとも言えるか。


「少し考えれば方法は色々あったんじゃねえのか? 寝込みを襲うとか、聖剣を盗んじまうとか。ロッテじゃねえけど、毒殺ってのもアリかもな」


 ゴーダにロッテの毒が効かないのは、ロッテの毒が特有恩恵による魔法だからだ。恐らくだが、真っ当な〝毒物〟であればゴーダに効く可能性は十分にある。


「でも、彼のにはガルテとルルフィという強力な――」

「二人とも、常にゴーダの身を守ってるわけじゃなかっただろ? 実際、昨日の寝室には居なかったしな。だったら、ゴーダの目を盗んで、ガルテとルルフィには〝ゴーダが命令できないくらい遠くに逃がす〟なんて手も使えたかもな」


 ぱろみは俺の話に苦悶の表情を浮かべる。

 俺が言いたいことが理解できたのだろう。


「絶対じゃない。けど、ゴーダを倒す方法はあったはずだ。でも、アンタはやろうとしなかった。思考停止して、ゴリラに命運預けて、可哀想なヒロインぶってただけだ」


 本当は分かってたんじゃねえの?

 ゴリラは魔王と戦う気なんてないってことを。


「お前は決断するのが怖くて、現実を見るのが怖くて、先延ばしにしてただけだろ……」

「でも……それでも、命さえあれば――」

「命がありゃそれでいいって? そりゃ違うぜ、お姫様」

「何を偉そうに! 国を背負ったことも無いような貴方に、何が分かるというのですか!?」

「国を背負ったことはねえ……けど、俺は前の世界で逃げてばかりだった。だからこそ、分かるんだ……逃げて、逃げて、逃げ続けた先には……たとえ命があったとしても、何にもねえ。真っ暗闇なんだよ」


 本当は思い出したくない。

 異世界に来ると同時に捨て去った俺の過去。


 ――でも、ここらで話さなきゃいけないらしいな。


「俺は前の世界で嫌なことがあって部屋からほとんどでなくなった。学校行かなくなって最初は楽だったけど、段々、苦しくなって。時間がただただ無意味に、無価値に過ぎ去っていくのが、人生を無駄に消費してるのが無性に怖くなって……」

「ツクモ……」

「ご主人様、そんなに……辛い思いしてた……の?」


 ああ、そうだ。

 ここで少し語ろう。

 本当は口にしたくもない、思い出したくもない俺の過去を――。


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