第50話 あっ………………確かに……
「――作戦を伝えるぞ」
そうして俺がロッテに伝えたのは、作戦というには短い言葉。
その一言を口にした、次の瞬間――俺の身体はゴーダの手によって心臓ごと真っ二つにされる。
息を飲むような悲鳴が、ロッテとヴリトラから聞こえた。
――これは即死だ。
そう認識したと同時に俺の意識は消え――瞬時にまばゆい光と共に覚醒する。
目の前にはゴーダがいる。
俺を切り殺した時と同じ立ち位置。
どうやら俺が斬られてから、ほんの数秒しか経っていないらしい。
「何だ、何なんだよ、テメェのその身体は! 心臓ごと身体を半分にぶった切ったんだぞ……」
「へっ……だから言っただろ。俺は真の勇者だからな、聖剣アークじゃ俺を殺せない。聖剣アークが俺を殺すこと否定してんだよ!」
そんなの当然でたらめだ。
俺は勇者でも何でもないし、聖剣アークの攻撃は間違いなく俺に効いている。
だが、俺の《残機99》の能力を知らない人間からすれば、真偽を確かめるすべなんてない。
「聖剣が否定だと……そんなバカな話があるかよ、いい加減死ねやぁぁぁぁ!」
ヒステリックに声を上げ、ゴーダが聖剣を振り回す。
剣技というには乱暴な刃の嵐が俺を襲う。
――それから何度も殺された。
十回、二十回、三十回……半時にも満たない時間に、俺は三十七回も殺され、そして生き返った。
そして、俺の残りの命は――二十二個。
「この世界に来たばかりの時は九十九個あった俺の命も、ずいぶん心許なくなったな……」
誰にも聞かれないよう、ぼそりと呟く。
だが、それだけ残機を減らした価値はあったみたいだ。
「ぜえ、ぜえ……糞ッ。何なんだ……テメェはいったい何なんだ!!!」
いくら殺しても死なない俺の姿に、ゴーダが焦り始める。
いくら死んでも生き返る俺の種が他に、周囲がざわつき始める。
『本当に聖剣で斬られても死なないぞ。まさか、本当に勇者なのか……』
そんな声が、兵士や下の国民から聞こえてくる。
「ツクモ様、貴方は一体……」
呆然としているパロミデス。
そんな彼女に、俺は胸を張って答えてやる。
「だから、真の勇者だって言ってるだろ、お姫様」
嘘ですけど。
すると、ニヒルな笑みを浮かべて勇者宣言する俺の横から、クルリが飛び出した。
「国民の皆さん、聞いて下さい! 彼は……ツクモ様は、クルリが見出した真なる勇者なのです!!!」
「てめぇ、クルリ! いきなり何を!」
だが、荒ぶるゴーダには目もくれず。クルリは集まった人々に向けて涙ながらに訴える。
「クルリも初めは彼のことを悪魔の手先だと思っていました。だって、どこからどう見ても高位悪魔と人異の契約を結べるような、有能な人間には見えなかったからです!」
「おい」
「むしろ、知性と品性の欠けた可哀そう系の男の子だと思っていました!」
「だからおい、ちょっと待て!」
「ですが、事実! ツクモ様はエトラスの聖なる泉に一時間以上沈めても生還しました! その時、クルリは確信したのです! この方こそ、我々人類をお救いになる勇者様であると!!!」
クルリの宣言に、周囲のどよめきが更に大きくなる。
人類の最大宗教である創星教。クルリはその中でもかなりの地位にあるらしい。そんな彼女が、大々的に俺を勇者であると認めた。
それは民衆にとって、かなりのインパクトを与えたに違いなかった。
『聖なる泉に沈められても生還したって!?』
『クルリちゃんが勇者だと認めたぞ!』
『かわいいなぁ。クルリちゃんマジ天使』
『クルリちゃんが言うんだから間違いない!』
『カワイイは正義!』
大丈夫か、ここの国民?
だが、そんな可愛さで脳死している声とは別に、徐々にゴーダを非難する声が上がり始める。
『あのゴーダという男! うちの店で無銭飲食していったのよ!』
『ウチもだ! おさわり禁止だって言ってるのに、全然言うこと聞かないで!』
『そうよ、あのゴリラ! オプションに無いプレイを強要してきた上に、『ここがええのんか~?』って何度も聞いてきて。キモイんだよ、このヘタクソ!』
『うちの嬢も、ゴリラのクセに赤ちゃん言葉で甘えてきて、マジキモイって言ってたぞ!』
うわ~、きっつい。
当のゴーダは、真っ赤になってプルプル震えている。あ~ちょっと泣いてる。
「自業自得とはいえ、公衆の面前で性癖暴露とか……同じ男として泣きたくなるんだけど。俺だったら恥ずかし過ぎて死んでるわ」
ある程度おぜん立てすれば、不満が出て来るとは思ってたけど……こんなに風俗の苦情ばかり集まるとは思ってなかったわ。
おいゴーダ。お前、風俗行きすぎだろ。
「そーか。お前らがそういう態度ならもう知らねえ。俺様は二度と人間の為になんか戦わねえ。魔王のことなんか知ったことか……人類滅んじまえよ」
余程、頭に来ているのか。今までと違って煮えたぎるマグマのように、震えながら人類への最後通告を行うゴーダ。
その言葉にパロミデスが狼狽する。
「お待ちください、ゴーダ様! 私は貴方様が真の勇者だと知っています! どうか、我々をお見捨てになるのだけは――」
ゴリラに懇願するお姫様。
その姿に、俺はどうにも納得できずに口を挟む。
「ていうか、ぱろみ。お前、なんでそんなゴリラ糞野郎の言いなりになってんだよ?」
俺のその言葉に、パロミデスは驚き呆れたような表情を浮かべる。
「そんなの当たり前じゃないですか! 勇者様の持つ、聖剣アークはこの世界で唯一魔王に傷をつけられる武器なんですよ!」
「うん、それは知ってる」
「そして、聖剣アークは使い手を選びます。誰でも装備できるわけではありません。事実、聖剣アークに認められた勇者は、先代勇者が亡くなってから五年も現れなかったのです」
「うんうん、それで」
「その間に人類はここまで生存区域を減らしてしまった。今勇者様を失うわけにはいかないのです!」
パロミデスのテンプレのような説明に少し機嫌が良くなったのか、ゴーダが偉そうに馬鹿笑いする。
「げはははは! 解ってるじゃねえかパロミデス。さすが俺の女だぜ。わかったか、偽物! 俺がいなきゃ人類は終わりなんだよ? なぜなら、俺しか魔王を倒すことは出来ないんだからな!」
うぜえな、このゴリラ。
俺は耳の穴を小指で掃除しながら、ため息交じりに言ってやる。
「いや、だからさ~。そこのゴリラぶっ殺して、新しい勇者現れるの待った方がよくね? 断言するけど、そいつ永遠に魔王退治なんて行かねえぞ」
俺の言葉にパロミデスが目を真ん丸にする。そして――
「あっ………………確かに……」
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