第49話 ご主人様に耳をエッチに舐めて……欲しい。

 ――翌日になった。


「――これより魔王軍四天王である悪魔アスタロッテ。邪竜ヴリトラの処刑を行う」


 ガラティア砦にパロミデスの声が響く。

 そこは砦の正面門の上。下に集まった国民たちからよく見える、バルコニーのような広場。

 端には国王とパロミデス。その後ろにはクルリが控えていた。

 ゴーダ達の姿はまだ見えない。


 そして、その中央に配置されているのが、無数の聖具で拘束されたロッテとヴリトラだった。

 処刑しやすいように、丸く穴の開いた鉄製の板から首を出した状態だ。


 ロッテはぐずぐずと泣いている。

 鼻の下とか真っ赤にして、大泣きした後の子供みたいで見ていられない。


 逆にヴリトラは静かなものだ。

 ただ気になるのは、深淵・漆黒・混沌を練り合わせたような瞳。

 あと「ご主人様、ご主人様、ご主人様……」と呪詛の様に延々と口ずさんでいる。


「……あの様子だとロッテの奴、俺が生き返ること、ヴリトラに教えてないな」


 同じく砦の上、柱の陰に身をひそめた俺は、そっと呟く。

 ヴリトラに負けたことを根に持って意地悪しているに違いない。

 奴隷同士仲良くするように教育する必要があるようだ。


「それにしても、わざわざ国民を集めて目の前で斬首するってんだから、ご丁寧なこった」

 

 そんな俺の呆れ声に気付きもせずに、パロミデスが淡々と続ける。


「今回、悪魔アスタロッテと邪竜ヴリトラを捕らえられたのは、このお方のお陰です。皆も噂くらいは聞いたことがあるでしょう。我ら人類をお救いになるため、新たに生まれた勇者――ゴーダ様です!」


 パロミデスの宣言と共に、上空からゴーダが降り立つ。

 優雅な着地なんてものじゃない、砦を揺るがす程の鈍い音。着地点はクレーターのように凹んでいる。

 相も変わらずパワー馬鹿ゴリラだ。

『馬鹿とゴリラは高いところが好き』って、俺の辞書に刻んでおこう。


「よお、お前ら! 俺様が新たな勇者、ゴーダ様だ」


 ゴリラがバカでかい声で国民に呼びかける。

 すると同時に、下の国民たちから歓声が巻き起こった。


『――勇者様が魔王軍の幹部、凶悪な邪竜を捕らえたんだ!』

『――勇者様がいれば、この戦い人類の勝利は間違いなしだぜ!』


 なんて声が聞こえて来るから笑いそうになってしまう。

 だが、複雑そうな表情を浮かべている人間もちらほら見えるので、ゴーダが勇者の笠を着て傍若無人に振る舞っている事を知っている人間もそれなりに居るのだろう。

 とはいえ、この歓声を聞く限り、ゴーダの本性を知らないやつの方が圧倒的多数らしい。


「この処刑は、戦争でストレスを貯めてる国民のガス抜きも兼ねてるってか……ゴリラのくせに合理的でムカつくな」


 ジロジロと、歓声を上げる眼下の国民を舐めるように見渡すゴーダ。

 きったねえ薄ら笑いを浮かべて、生意気にも悦に浸ってやがる。


「……くっそ、本当だったら俺がその場に立っているはずだったのに」


 そうこうしている内にゴーダが聖剣アークを引き抜き、ロッテとヴリトラの元へと近づく。


「俺はよぉ、まだるっこしい挨拶とかは苦手だからよぉ、俺が勇者で、救世主で、お前らを救ってやる主人公だってところを、分かりやすく行動で示すことにするわ」


 ロッテの首を狙って、聖剣を振りかぶるゴーダ。


「――って、ちょっと待てや、糞ゴリラがぁぁぁぁぁぁ!!!」


 もうちょっと勿体ぶってから処刑に入ると思ってたのに、いきなりロッテを殺ろそうとするゴリラに、影から飛び出した俺は慌ててドロップキックを食らわす。

 不意を突いたからかよく分からないが、意外にも俺程度の蹴りにゴーダはよろめき後ずさりする。


「いきなり何しやがるテメェ……ってお前、昨日ぶっ殺したはずの…………何だっけ?」

「ツクモだよ! 偽勇者のヤマダツクモ――って言わせんじゃねえよ!!!」


 このゴリラ野郎、人の名前すら覚えてねえのか!


「ツクモ!? アンタ何で!」

「ご主人様!? わたしに……逢いに来てくれたの? 幽霊になってまで……嬉しい……これ、愛の力……だよね? うへへへ」

「お化けじゃねえよ! 生きてるわ!!!」


 泣きながら、喜びながら、気持ち悪い笑い顔を浮かべるヴリトラ。

 それに反して、ロッテはプルプル震えた後、いきなり俺を叱責する。

 

「バッカじゃないの!? 何で来たのよ! 何で逃げてないの!? アンタだけなら逃げられたでしょ!!!」

「うるせえ、何で俺がこんなゴリラ相手に逃げなきゃならねえんだ!」

「何でって……アンタ私たちがいなきゃ、何にもできない無能じゃない」

「曇りなきまなこで真実を言うなよ。ツクモ傷ついちゃうだろ」


 俺は繊細なんだゾ。


「つーか、お前、そんなに俺に逃げて欲しかったのか? 俺に助かって欲しかったの? なんだよロッテ~、お前俺のことそんなに好きだったのか~?」

「ちょ、誰がアンタのことなんて。べ、別に助けに来てくれて嬉しいとか……全然、これっぽっちも、思ってないんだからね!」


 だから何なんだよその絵に描いたようなツンデレは。


「は? 誰がお前らを助けに来たって言った?」

「じゃあ、何を……」

「お前らは俺の奴隷! 俺の所有物! お前らは俺のもんだ!」


 だから――。


「だから、俺の見てねえところで勝手に死んだりしたら許さねえ!」

「ツクモ……」

「俺は、お前の毒を克服して、絶対にお前にエロい事をしてやるって、心に決めてるんだからな!!!」

「ちょっと感動しちゃった私の感情を返しなさいよ……」


 と呆れつつ、何だかんだロッテは嬉しそうに笑う。

 処刑用の板から頭を出したままで、ひどくマヌケな光景だが。


「ちょっと待てや! 俺様を無視して何を勝手に話進めてやがる! ていうかテメェ、マジで何で生きてやがる!? あれだけ切り刻んでやったってのに……」


 怪訝な表情でゴーダが聖剣アークを俺に向ける。


「そうだ……よくよく考えりゃおかしいだろ。犬に食われた時だって、身体中をあれだけの野犬に食いちぎられて、生きていられるはずがねえんだ……てめぇ、何かやってるな……」

「別に俺は何もやってねえよ。ただ、この俺――ヤマダツクモこそが、真の勇者ってだけだぜ」


 俺の言葉に、周囲の一切が静まり返る。

 だが、しばらくあっけに取られていたゴーダが息を吹き返したかのように馬鹿笑いを始めた。 


「は……はは、うはははは。何を馬鹿げたことを……何が真の勇者だ。見ろよ、聖剣アークは俺の手にある。手ぶらで、貧相、悪魔の手先の大罪人が勇者だと? 笑わせるのもいい加減に――」 

「じゃあ、その聖剣アークで切り刻まれた俺が、何で生きてんだよ?」


 王も、パロミデスも、兵士たちも、多くが目撃したはずだ。俺の身体が聖剣によって切り刻まれた(らしい)光景を。

 それをここで利用させてもらう!


「俺が生きている――その答えは簡単だ。聖剣アークは魔王を倒すため、邪悪を滅するための剣だ。例え悪意を持って利用されようとも、真の勇者である俺を殺すことなどできないのだ!!!」


 漫画だったらババーンと背景に字が飛び出そうなくらい自信満々に言い放つ!

 国民にも聞こえるように、ド派手にだ!


「ふ、ふざけんじゃねえぞ、何が真の勇者だ。この偽物が! こんなの何かの間違いだ、そうだ……死なねえってんなら死ぬまで何回だって殺してやる!!!」


 ほんの少し、想定外の事が起こっただけでこのいきどおりようだ。

 勇者の力を手に入れてから、何もかも自分の思い通りだったに違いない。


「まるで癇癪かんしゃく持ちのガキだな。我慢って言葉を、お母さんゴリラから教わらなかったのかよ?」

「殺してやる……」


 こめかみに血管を浮かばせたゴーダ。

 聖剣を握る腕に力が入る。


「ちょっとバカ! ツクモバカ! バカツクモ! なに挑発しちゃってんのよ。いくらアンタだって、そんな何回も死――」


 慌てて叫ぶロッテの口を俺は右手でふさぐ。

 そして、俺はその耳にある作戦を囁く。


「あ、ちょ、耳はダメ……」

「そういうエロいの、今は要らねーから!!!」

「ず、ずるいーーー。わ、わたしもご主人様に耳をエッチに舐めて……欲しい。フーってして、欲しい……」

「だから、そんなことしてねえよ!」


 ったく、こんな時にASMRごっことは、ふざけた奴隷である。

 

「いいからロッテ耳を貸せ。作戦を伝えるぞ――――」


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