第46話 トンだクソ世界じゃねえか!
「異種族を従わせる力を最大まで引き出せる俺様にはなぁ――――あらゆる異種族の特有恩恵を無効化できる力があるんだよ!!!」
デカい口を開けて、唾を飛ばしながら盛大なネタ晴らしを楽しむゴーダ。
酷いマヌケ面だが、言っていることは最悪中の最悪だった。
――特有恩恵の無効化。
だからロッテの毒魔法も、ヴリトラのブレスも効かなかったのか……。
ロッテの毒魔法さえ弾いたヴリトラの鱗まで、紙切れみたいに切り裂いたのもその力が原因なんだろう。
「……そんなチート中のチート……じゃねえか……」
そんな化け物相手にどうしたらいいんだよ……。
その思考を最後に、俺の視界は闇へと溶けていく。
「だから……ここから逃げなさいと言ったのに……いえ、そんなのただの言い訳ですよね。ごめんなさい、ツクモ様。またあなたをこんな目に……」
ふと、女の声が聞こえた。美しい懺悔の声。
人は死ぬとき、聴覚だけが最後まで残るってのは本当なんだな……とか考えながら、その子守歌のような悔恨に耳を傾ける。
「あなたの犠牲は無駄にはしません。たとえどんな汚辱にまみれようと、わたしはこの世界を、人類を救ってみせます……」
――ああ、やっぱりあの脅迫状はパロミデスが書いたものだったんだな……
パロミデスはこうなることを予測していたんだ。
あのゴリラ勇者が、俺たちを皆殺しにするのを止めようとして……。
でも、まぁ今更だよな……。
そうして、俺の意識は今度こそ本当に、深淵の闇に飲まれたのだった。
◇
◇
◇
◇
「おらぁぁぁぁぁ、復活じゃい、ボケェェェェ! やい糞ゴリラ、このツクモ様がこれで終わる男だと思ってんじゃねえだろうな…………って、アレ?」
生き返ると同時に、ゴリラの喉笛を噛み千切ってやろうと息巻いていたのだが、目覚めた俺の周りにはゴリラどころか、兵士の一人すら見当たらない。
「誰も居ねえ……それにここは、ゴミ捨て場か?」
薄暗いレンガ造りの閉鎖空間。辺りには壊れて使い物にならないであろう家具やら武器やらが散乱している。
「ていうか、何で俺はこんなところに? それに、俺はどうして無事なんだ?」
能力で生き返ったところで、目の前に居るであろうゴーダに残りの命が無くなるまで殺されることを覚悟したってのに……。
少し目が慣れてくると、壁や天井にいくつかの穴が開いていることに気付く。穴の近くに特にゴミが積みあがっていることから察するに。
「ここは砦の地下か。上にゴミ捨て穴みたいなのがあって、そこにゴミを捨てると、ここまで転がり落ちて来るって寸法か……」
現代日本生まれの俺からすると、とても考えられない適当すぎるごみの処理方法だった。
ともあれ、ここがゴミ捨て場だというのなら、俺が助かった理由も何となく想像がついた。
「なるほどな。まだ辛うじて息がある状態でここに捨てられたのか」
敵の死を確認しないとは、浅はかなゴリラだぜ。
とはいえ、あれだけの怪我だったし、普通は死ぬし、わざわざ生死の確認はしねえか。
「――にしても、意外と人間ってのは頑丈らしいな」
あの怪我で即死じゃないんだから。
だが危なかった。間一髪だった。運が良かったとしか言いようがない。
もしゴーダの目の前で生き返っていたらと思うとゾッとする。
「ってことは、俺が生き返ったことは誰も知らないってことだよな。これはチャンスだ」
ゴーダがいくら陰険でゴリラで粘着質でゴリラだったとしても、死んだ人間まで殺しに来ることは無いはずだ。
このまま死んだふりして、ここから逃げ出せば俺は無罪放免。
こんなところ、さっさと逃げるに限る。
「今度は勇者とか
そうだよ、変に野望とか持つからおかしくなったんだ。
俺は別に英雄とか勇者とかになりたいわけじゃないんだから。
「とはいえ、チャンスがあったら《残機99》の力で、また異種族の奴隷を作ったりして……また褐色の巨乳悪魔っ娘と、愛が重めの陰キャドラゴンとか…………」
そこまで言って、馬鹿らしくなって止める。
「…………」
分かってる。勝ち目はない。
始まりの街を、毒の沼血だらけなラスダン手前の街みたいに変えてしまったロッテの毒魔法も、岩山を飴細工のように溶かすヴリトラのブレスも、あのゴリラには効果が無かった。
――特有恩恵の無効化。チート中のチートだ。
国家機関もゴリラの言いなり。
先代勇者は死に、そのパーティメンバーも今やゴリラの奴隷。
頼みの綱のロッテとヴリトラは聖具とやらで力を奪われて捕らわれの身。
「積んでるよなー。リアル猿の惑星でも目指してんのかよ?」
普通に考えりゃ、このまま死んだふりして、一から異世界ライフをやり直す方が賢い。
もし俺が生きていることがゴーダにバレたら……さすがに、死んだはずの人間が二回も生きて目の前に現れれば不審に思われる。
今度こそ、俺はゴーダに確実に殺し尽くされるに違いない。
「……………」
だが、分かっている。
さっきから俺は、〝やらない言い訳〟を探している。
「あー気に食わねえ! 気に食わねえ! 何が異世界だ、ハーレムだよ、無双だよ! 全然だ、全然。こんな所、トンだクソ世界じゃねえか!」
ゴリラとか、街に居たトカゲ野郎とか、終わりかけの人類とか、俺が来る前に勝手に死んでる勇者と魔王とか、俺をこのクソ世界に飛ばしたあの痴女天使とか……何もかもがムカつく。
そんで、こんなクソ世界に夢見てやって来た俺自身にも超絶ムカついている。
「このクソ世界に、異世界代表として一言物申してやらねえと気が済まねえよなぁ」
ぶっちゃけちまえば、一旦終わった人生だ。
残機だけは多いが、元々ボーナスステージ、アディショナルタイム、おまけみたいな人生だ。
「何を怖がる必要がある」
俺は、地上に通じているであろう壁の穴を真っすぐに見据える。
「――それにご主人様を守らねえ役立たずの奴隷共も、きっちり回収してお仕置きしてやらねえとだしな……」
そんな決意と共に、俺が一歩を踏み出そうとした瞬間、背後からドスンという何かが落下した音が聞こえた。
何事かと振り返る俺の目に入ってきたのは――
「ク、クルリ!?」
ゴミまみれ、埃まみれで咳き込んでいるシスター。
それは宗教勧誘系地雷美少女――クルリ・クルックーの姿だった。
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