第44話 勇者パーティもこうなっちゃお終いだな

 確かにロッテは言っていた。


『――十年前、私を倒した勇者はエルフ族だったわ』


 確かに引っかかっていた。

 俺が頭を撫でたときの、姉を語ったときの、クルリの不自然な強張こわばり。


『――その雑な撫で方が、姉と似ていたので少し驚いただけです』


 思い返してみると、クルリはどんな時でも、シスター服のフードを下ろすことは無かった。

 まさか、十年前ロッテを封印したエルフ族の勇者と、クルリの姉が同一人物だったとは……。 

 それにこのゴーダという男が、勇者パーティーの一員だった?


「荷物持ちとはヒデェ言い方だなぁ。せめてサポーターと言ってくれや」


 言いながら遠い目をするゴーダ。


「それに俺だってあの頃は苦労したんだぜ。強いってだけの異種族のメスガキどもにあごで使われてよぉ……自分の無力さに涙を飲む毎日だったぜぇぇぇ」

「誰が顎で使われていたって? 姉様たちを愚弄するのもいい加減になさい!」


 クルリが断罪するかのように言い放つ。


「お前は姉様たちのサポートどころか、アイテムを横領したり、危険な敵の前では逃げ隠れ、街に戻っては勇者一行だと偉そうに振る舞っていたでしょう!」

「はぁ? そんなもん危険手当だろうが! 俺は無力で無価値な人間様だぜぇ。てめえの姉貴みたいな化け物どもと一緒にされたらたまらねえよ」

「くっ、姉様たちがどんな想いでお前をパーティに置いていたかも知らないで……」


 悔しそうに歯噛みするクルリ。


「姉様はいつかお前が改心することを信じてた。だから、ずっと……それなのに、改心どころか、自分の愚かさに気付こうせず、自身を正当化することしか頭にない」


 どこまでも変わらない男――クルリは悔しそうに悲しそうに、そう地面に吐き捨てる。


 居るよな。

 義務を放棄して、権利ばかりを主張するやつ。

 自分が人に迷惑かけてるだけなのに、『自分は何もしてないのに周囲から嫌われてる』って、自分を正当化するやつ。 


「結局、姉様の想いは……」


 クルリの姉はきっと優しい人だったのだろう。

 だからゴーダがどれだけクズだろうと、見捨てなかった。

 でも、その結果がこれじゃ……目も当てられない。

 

「俺が変わらねえ? お前、どこに目ぇ付けてんだ? 確かにあの頃の俺は無力だった。乳臭え異種ガキ共の荷物持ちなんて、はらわた煮えくりかえるような仕事をやらされてなぁ……でも、今は違う」


 ゴーダはその手に持った美しい聖剣を、悪意と暴力で足元に突き立てる。


「見ろよ、この輝き。俺は聖剣アークに選ばれた勇者ゴーダ様だ。あの頃と同じなんて世迷言が出るとは……存外エルフってのは阿呆なんだな」

「違う! そうじゃない! やっぱり、お前は何もわかっていない……だから……」

「うるせえよ。何も分かってないのはてめえだ。何もかもがあの頃とは違うんだよ! 憎き先代勇者マリベルは死んだ。この俺様に荷物持ちなんてさせやがったクソガキどもも……今はこの通り」

「この通りって……」


 ゴーダの言葉にクルリが今まで以上に嫌悪と警戒を示す。

 嫌な予感が当たらないで欲しいと、宝石のような瞳が泣きそうに願っている。だが――。


「来い、ガルテ! ルルフィ!」


 その声と共に、二つの影がゴーダの前に降り立つ。

 一人は猫耳と尻尾を持った赤毛の少女。身動きしやすそうな軽装、手には革のグローブをはめている。恐らく、武闘家の猫獣人。

 もう一人は、透き通った液体のような身体を持つ少女。ゲームとかの知識で当てはめるとするなら、ウンディーネのような種族か?


「ガルテさん! ルルフィさんまで!?」


 クルリに名前を呼ばれた二人は、恥辱に耐えるように、静かに戦闘態勢を取る。

 そのターゲットはもちろんクルリ。


「どうだ、これでも俺が昔と変わってねえとか、頭湧いた言葉が言えるかぁ?」


 クルリをあざ笑いながら、ガルテと呼ばれた猫耳少女の元へと近寄るゴーダ。

 すると、その手がガルテの服を掴み下ろし、胸元をあらわにする。


「それって……人異の契約の……紋章……」

「そうだぜ~、大罪人の偽勇者くん。上位種族を奴隷にしてんのは、何もお前だけじゃねえんだよ! ガルテは炎猫えんびょう族。ルルフィは水の精霊族。どっちも折り紙付きの上位種族だぜぇ」


 べロリと、その汚らしい舌がガルテの頬を舐め上げる。

 嫌悪感でガルテの身体が震える。

 だが、逆らうことはしない。いや、契約のせいで出来ないのだ。


「勇者パーティもこうなっちゃお終いだな。下手に上位種族なもんだから、契約に逆らおうとすれば死は免れない」


 そう言えばロッテも言っていたな。

 力に差があればあるほど、人為の契約に逆らった時のペナルティは大きくなるって。

 ちなみにロッテの場合は、全身の穴という穴から血を吹いた後、最後は爆死するらしい。 


「どうしてお二人ほどの人が……こんな男に……」

「ごめん、故郷が魔王に襲われたんだ……魔王を傷つけられるのは勇者が持つ聖剣アークだけだから……」

「私も似たようなもの……」

「魔王に故郷が……? でも、そんな嘘です! だって魔王は姉様と相打ちになって死んだはずじゃ……」


 クルリの言葉にルルフィが首を振る。


「新たな魔王が現れたの。ガルテの攻撃も、わたしの魔法も全く通用しなかった。でも――」

「ゴーダの聖剣アークは奴に傷をつけてみせた。あの時の私たちには、他に選択肢がなかった……ごめんなさいクルリちゃん」


 魔王という存在がどんなものか、どうやって生まれるのかは知らない。

 だが話を聞く限り、クルリの姉が魔王を倒したにもかかわらず、すでに新たな魔王が生まれ、人類に侵攻を開始しているらしい。

 そして、魔王という存在は、勇者の持つ聖剣アークでしか傷つけることが出来ないと――。


『――故郷と仲間を魔王から助けて欲しかったら、奴隷契約をしろ』


 ゴーダは、ガルテとルルフィにそう迫ったのだろう。

 俺も大概クズな自信はあるが、このゴリラのクズさは、反吐が出るほどに俺の比じゃない。


「聖剣に選ばれたからって、魔王を倒せるのが自分だけだからって、人の足元を見て……そんなの脅迫と一緒じゃないですか!? なんて卑劣な!」

「止めなさい、クルリ!」


 怒りのままにゴーダをなじるクルリを制止したのは、ゴーダに蹴飛ばされ先程までうずくまっていたパロミデスだった。


「魔王が復活した今、魔王を倒せるのは勇者であるゴーダ様だけ。もし彼が、我々を見捨てたら……人類に残された道は絶滅しかないのです」

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