第42話 ゴリラ奴隷プレイ


「お前、あの時俺を森に置き去りにして殺そうとした、ゴーダって野郎の奴隷女だろ!!!」

「えっ!? いや、な……何をいきなり……わけのわからないことを……」


 なんとか取り繕おうとしているパロミデス王女。

 だが、その動揺は明らかだ。

 

「いーや、間違いない。その顔、その声、その反応。もしかしたらとは思ったが、今、確信に変わったぜ」

「な、何の話だか……」

「バレてんだから、そういうのはもういいんだよ。でもアンタ、正真正銘この国のお姫様なんだろ? だったら、どうしてあんな性格最悪のクズ男の奴隷なんてやってたんだ?」


 高貴な血筋の人間が、あんな下品なゴリラの奴隷になる理由なんて……。


「あっ、そっか。……王女様、そういう趣味なのか」

「へ?」

「わかる、わかるぞ」


 エロメンタリストの俺には、王女様も心のうちが手に取るようにわかる。


「お姫様なんて高貴な生まれだ。まだ年端も行かない頃から、常に姫として完璧を求められる――そんな窮屈な日々を送ってきたんだろう?」


「そ、それが何だというのですか!?」


「そんな生き方が自分の使命だと疑わない日々。そんな中、偶然出会ったのが醜い容姿の下民――ゴーダだったんだろ。あの男に、汚くの罵られ、所有物の様に扱われ、アンタの自尊心は激しく傷ついた。だけど、酷い仕打ちを受けたというのに、アンタは不思議な開放感を感じたわけだ」


「え、いや、何を言って……」


「お堅い箱入り娘って感じだし、きっとエロい欲求とかも、悪いことだと蓋をして我慢したりしてたんだろうな。だけど、この醜い男の前なら、自分を抑え込まなくていい。着飾らなくていい。姫としてじゃなく、一人の女として、むしろ汚されるたびに心と身体が快感に満たされていく」


「ちょ、止めなさい! それは誰の話ですか!?」


「その事実に気付いた時にはもう手遅れで、すでにお前の心と身体は内から湧き出る嗜虐的快感に支配され、あの男の傍から離れられなり、徐々に自分から奴隷の立場を受け入れ始め――」


「――だれが、あんなゴリラ男の奴隷ですか!? 不敬にも程があります! 即刻処刑しますよ!」


 顔を真っ赤にして、腰の剣を引き抜き俺の眼前に突きつけるパロミデス。だが、


「ふっ、ふふふ、ふははははははははは!」

「な、気でも触れたか!?」

「いや、何。あまりにおかしかったから、ついな。ふふ、ふはははは、パロミデス……いや、お前なんてぱろみで十分だ!」

「ぱ、ぱろみ!?」

「ていうか、動揺してるからって簡単にぼろ出しすぎだろ? 俺はさあ、ゴーダとか、醜い男とか言ったけど、どうしてその男が〝ゴリラに似てる〟って知っているんだ?」

「っ!?」

「高貴で麗しい騎士姫様が、あんな品性の欠片もないゲス野郎のことを、どうしてご存じなのかなぁ? 」

「そ、それはっ」


 顔を真っ青にして、口元を抑えるぱろみ。


「語るに落ちたな、お姫様。騎士姫だか何だか知らねえが、ゴリラ男に奴隷扱いされて悦んでるとんだ変態女に、偽物扱いされるいわれはないね。むしろアンタの方が偽物のお姫様なんじゃねえの? なぁ、ぱろみ」

「だれが、ぱろみですか!? あ、あなたという人は……男って生き物はどいつもこいつも……私がどんな気持ちでいるかも知らないで」


 今にもこぼれそうな涙と感情を必死にこらえるぱろみ。

 だが、普段からよほど腹に据えかねているモノがあるのか、ぱろみの感情はあっさり決壊する。 


「――私が、好き好んであんなゴリラ男に服従しているとでも思っているんですか!? ……あっ」


 言ってはいけないセリフを言ってしまった。そう後悔するがもう遅い。

 少し可哀そうだが言質げんちは取れた。

 周囲の兵士たちも何事かと顔を見合わせている。


「あーあー、兵士のみなさーん。そして、ぱろみのお父さーん! ボク知ってるんですー。この国のお姫様のとんでもない秘密を!」

「ちょっ、何を言い出すんですか!? 何が目的です!?」


 慌てるぱろみに、俺は彼女だけに聞こえるくらいの声で耳打ちする。


「そんなもん分かり切ってるだろうが! お前のゴリラ奴隷プレイ――略してGDPをバラされたくなかったら、俺たちを無罪放免にしろ! さもないと、迷いの森でのことをぶちまけるぞ!」

「そ……そんな事、誰があなたの言うことなんて信じると――」


 うんうん、まぁ、それが妥当な反論だよね。でも、


「信じるんじゃないかなぁ~? だって、お姫様の慌てよう、さっきから半端ないぜ? アンタのその態度が俺の言葉に信憑性を与えてんだよ。これはただ事じゃない――ってな」

「そ、そんな……」

「どんなに侮辱されても〝それは事実じゃない〟とポーカーフェイスを気取っておくべきだったな」


 痩せてる人にデブって言っても怒らないけど、デブにデブって言ったら怒るのと同じ。過剰反応は相手の言葉を事実だと認めているに等しいんだぜ。


「さぁ、どうする? 別に全員が俺の言葉を信じるなんて思っちゃいないさ。ただ、ほんの一握りでも俺の言葉を信じる奴が出てきたら、お姫様困るんじゃないの? なぁ、変態お姫様?」

「ひ、卑怯者……わ、私は変態なんかじゃ、あの男が私を無理やり――」


 悔しさに顔を歪ませながら否定の言葉を口にするぱろみ。

 これはあと一息で堕ちるな――そう思った次の瞬間。


 ――砦の天井が轟音と共に砕けた。


 次に訪れるは、混沌と混迷。悲鳴と怒声。

 落下してくる無数の瓦礫に戸惑い、誰もが自分の身を護るのに必死で、だから俺がそいつに気付けたのは偶然としか言いようがなかった。

 瓦礫と共に何か、別のモノが落下してきたのを俺は目撃した。


「人間……なのか……?」 


 粉塵で覆われる中、それはゆっくりと立ち上がる。

 普通であれば即死間違いなしの高さから落下してきたそれは間違いなく人間の男だった。

 年は三十前後。白銀の鎧に身を包み、背中には巨大な両手剣を携えている。

 身なりは聖騎士のよう……だが、それよりも何よりも、男の特徴を表すのに適している言葉は――。


「よお、パロミデス。なぁんか、変な話が聞こえたような気がしたんだけどよぉ。俺の聞き間違いだよなぁ? お前、自分から望んでこのゴーダ様の奴隷になったよなぁ? 本当は嫌だったとか……俺の聞き間違いだよなぁ!!!」


 ――その男は、ゴリラそっくりな醜悪な顔の持ち主だった。

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