第35話 最大火力の駄肉は、痴的に役に立ちそう

「あの痴女天使……俺をとんでもない世界に飛ばしやがって……」


 王都への道すがら、パロミデス王女が用意してくれた馬車に乗りながら、俺は呪いの言葉を吐露とろする。


 ちなみに豪奢な装飾が施された馬車には、俺とクルリ、乗り物酔いで床に転がっているヴリトラ。それにパロミデス王女が乗っていた。

 馬車の外には十数名の近衛騎兵が控えているのが、さすが王女様と言ったところか。

 あと、ロッテは毒があるから外。


「勇者は死んだ? 魔王軍の攻勢で人類の領土は十分の一? 王都は陥落? 騎士団は半壊? 補給路もズタズタ? こんな状況で勇者に祭り上げられて、人類を救ってくれって言われても無理ゲーだろ! 人類すでに絶滅危惧種レッドリストじゃねえか!」


 だから、エトラスの街に送ってくれた行商のおっさんも『こんなご時世に冒険者か』って可哀そうなものを見る目で言ったんだな。

 人類崖っぷちの世界で冒険者やるなんて、死亡率が半端ないから!

 

「この世界どうなってんだよ、ロッテ。なぁ、どうなってんの? お前、人類と魔王軍の戦況は拮抗してるはずって言ってたよな!?」


 すると馬車の外を飛んでいたロッテ(馬車と縄で繋がれている)が、窓から逆さに顔を覗かせて反論する。

 

「私に聞かれたって知らないわよ! 百年以上拮抗してた人類と魔王軍の闘いが、たった十年でここまで一変してるなんて思ってもみなかったんだから!」

「チッ、このクソひきこもり、役に立たねえな!」


 知的には役に立たないが、窓から覗かせる逆さに揺れる最大火力の駄肉は、痴的に役に立ちそうだった。


「封印されてたのを、ひきこもりって言うの止めてくれる!?」


 と軽快にツッコミを入れてくるロッテ。

 だがすぐに、珍しくも真面目な顔で一人呟く。


「それにしてもまさか、あの勇者と魔王様が相打ちなんて……」


 そういやコイツ、先代勇者に負けて封印されてたんだっけ?


「申し訳ありません。こんな絶望的状況を勇者様に押し付ける形になってしまうのは、わたくしも心苦しく……国を預かる者の一人として心からお詫び申し上げます」


 パロミデス王女が深く頭を下げる。


如何いかんせん、人間は数は多いものの一人一人の能力にはどうしても限界があり……数では圧倒的に少ないはずの魔王軍に敗戦続きで……」

「あ、いや、王女様を責めてるわけじゃ……」

「ふふ、勇者様はお優しいのですね」


 力なく、憂いを帯びた笑みを浮かべる王女様。

 この表情にグッと来ない男はいないだろう。 


「任せてくださいパロミデス王女殿下。この勇者ツクモが貴女の為に魔王軍など蹴散らしてみせましょう。なにしろ、ボク勇者ですから!」

「ツクモ、懲りないよね」

「うっさいだまれ、この悪魔!」


 まぁ、この世界の人間は弱いって散々聞いたもんな。

 負け続けるのも仕方ないよな。

 最弱種族の運命なんか背負わされて、この王女様も可哀そうに……この王女様…………あれ? 

 気のせいかな。あらためて見てみるとどこかで会ったことがあるような……誰かに似てるだけ? うーん、気のせいか?


「あの……ツクモ様、わたくしの顔に何かついていますか?」

「あ、いや、何でもないです」


 こんな綺麗なお姫様、会ってたら忘れないだろうし、やっぱり気のせいかな。


「って、そんなことよりだ! 人間が弱いってのは仕方ないけど、他の種族は何してんだよ? 魔王軍? 魔族とか魔獣ってのか? それが暴れてるんだろ? 他の種族と協力してやっつけようって話にはならないのか?」


 俺のその言葉に、パロミデス王女は沈痛な面持ちで答える。


「人間は……人異の契約の力のせいで、他の種族から嫌われ――警戒されていますから」

「今、嫌われてるって言った? 言ったな? 言ったよな?」

「いえ、少々悲しいすれ違いが続いているだけですよ。有史以来、300年ほど」

「300年続いてたら、それはすれ違いじゃなくて断絶って言うの! 認めよう? いい加減認めようよ、王女様!?」


 まじかー。これは本当に絶望的かもしれない。

 しかも、魔王軍は人間以外の種族との戦闘には消極的らしい。


「それじゃ、他の種族からの援護は難しいか……あれ? でも、先代の勇者ってエルフだったって聞いたけど?」

「それは……」


 と、口を開きかけた王女を遮るように、ずっと黙っていたクルリが小さく、だがはっきりと告げた。


「先代勇者マリベルは、創星教の信者だったんです。彼女は生まれつき魔力が低いことから出来損ないとしてエルフの里を追われ……創星教に拾われたんです」

「……だから、その勇者マリベルは人間の為に戦ってくれたのか」

「はい。正直に言って、珍しい事例だと思います。人間の為に身を粉にして戦ってくれる他の種族なんて……」

「クルリ……」


 クルリの名前を呼んで、黙ってしまう王女様。

 何? 何なのこの空気? 作風に合ってなくない?

 急にシリアス感だされると、打ち切り近い漫画みたいで嫌なんだけど。


「その勇者マリベルが魔王と相打ちになったことが、今の人間の劣勢の原因なのです」

「そりゃ、勇者が居なくなったのはきついけど、魔王だって居なくなったんだろ? だったら、状況はイーブンじゃないのか?」


 エースが抜けたのはお互い様だろ?


「いえ、それは……人間は完全に勇者様のワンマンチームだったのです。勇者様は圧倒的な力を持っていましたから、彼女が抜けてしまった国王軍は、スカスカ抜け殻ミソッカス。それはもうひどい有様です」

「自国の王女様がそこまで扱き下ろすんだから、よっぽど酷いんだな」


 俺の言葉で変なスイッチが入ったのか、王女様はずーんと肩を落としてどろどろと言葉を垂れ流し始める。


「ええ、ええ……ていうか、勇者様もエルフ族でしたし、勇者パーティも異種族でしたし……じゃあ人間って何ができるんですかね? もうこんな無能種族、いっそのこと絶滅した方が世のため人のため――」

「ストップ! ストーーーーっプ!」


 仮にも人類を代表する王族が、それ以上言ったらアカン! 

 アンタだけは、言ったらいかんのじゃ!


 ――にしても、やっとこさこの世界の状況が見えてきたな。


 転生してからというもの怒涛の展開で、状況の把握が出来てなかったと言わざるを得ない。


「絶体絶命の人類に、イケイケモードの魔王軍か」


 まぁ、確かに魔王軍とやらは怖い。

 だが、こっちには絶対服従の大悪魔アスタロッテ。そして、竜族のなかでも上位に位置するダークドラゴンのヴリトラが居るのだ。

 そう簡単にやられはしないだろう。


「ご主人様、ご主人様……」


 俺の袖をくいくいと引っ張る手。

 ヴリトラだった。


「なんだよ、いつになく真面目な顔して……もしかして今の話聞いてたのか?」


 さすがの邪竜でも、これから俺たちが立ち向かう最悪の状況に思うところがあるのかもしれないな。


「ご主人様……私、わたし…………吐く」


 ただの乗り物酔いだった。


「ちょ、ま、おま、やめ!」

「うっ、うげろヴぇろヴぇろごっ……」

「やめろーーー。窓、窓の外にしろ! こんな狭いところ大惨事になるだろ! まだ、王都まであと三日かかるんだぞ! 密室の酸っぱい臭いはきついからぁぁぁ!」

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