第34話 ツクモ様はとんでもないドMですね
「ひーどーいー。あんな大勢の前で乱暴された。もうお嫁にいけない。しくしく」
「乱暴とか人聞きの悪い……」
ちょっと胸を揉みしだいただけじゃないか。死と引き換えに。
そんなこんなで、ヴリトラを討伐した勇者・俺の歓迎会は終わりを迎えた。
ヴリトラはずるずると引きづられて、隣の部屋のベッドで気絶中。
クルリは来客の予定があるとかで、早々にどこかへ消えた。
そして、俺とロッテだけが宿の部屋に戻ってきたわけだが――
「人聞きの悪いって……ひどい、女の敵。しくしく」
「いやだから…………」
「しくしく、しくしく」
つーか、絶対服従って契約したはずなのに……どうしてこうも主張が強いんだコイツは……。
「しくしく、グスン、これじゃもうお嫁にいけない……(チラッ)。責任取ってもらわないと……しくしく(チラッ)」
――しかも、完全に泣いたふりだった。
「お前、ちょっとそこのクローゼットの中で体育座りでもしてろ。俺がいいって言うまで出て来るなよ」
「ひーどーいーーー」
と言いつつ、おずおずとクローゼットの中に入っていくロッテ。
そのしょぼくれた背中は、ヴリトラとあれだけの死闘を繰り広げた大悪魔とは思えないほど惨めだった。
「せまいよーくらいよーこわいよー」
ロッカーの中でか細い声で鳴く大悪魔。
ってか、悪魔のクセに暗いのとか怖いのかよ。
「あの戦闘を繰り広げてたアレがコレと同一人物、いや同一悪魔? とてもじゃないが、そうとは思えないな」
酷い劣化ぶりである。
「あっ、ちょっと目が慣れてきた。あれ? これって、むかし流行ってたゴリラの人形、親指しゃぶってるやつだ! うわーなつかしー。私も持ってたなぁ~」
そして、なんか暗いクローゼットの中で楽しみを見つけている。
……何なんだろ、この悪魔。
「おーい、そこら辺の物を勝手に触って毒物量産するなよ。部屋の中ブービートラップだらけにされたら宿の人困るだろ。ほとんどバイオテロだからな、お前のソレ」
ちなみに、この前判明したのだが、ロッテが触って毒物化した物体は、一日天日干しにすると毒が抜けて安全になるらしかった。
……青梅の毒みたいである。
「ん? ちょっと待てよ。今、何か大切なことを思い出しそうになったような……何だったかな、絶対忘れちゃいけない大事な…………」
忘れている何か。
あと少しで思い出せそうなところで、記憶をぶった切るように、勢いよくがドアが開く。
「ツクモ様、クルリですー。実はご紹介したい方が居ましてー。ちょっとツラ貸して――お付き合いして頂いて宜しいですかー?」
「お前、ノックくらいしろよな。あと、最初ツラ貸せって言わなかった?」
「言ってないですよ? クルリは育ちが良いので、そんな汚い言葉遣いとは無縁の人生です!」
本当に育ちが良い奴は、自分のこと育ちが良いなんて言わねえよ!
「ていうか、クルリが紹介したい人って、どうせ創星教関連だろ。絶対に会わないからな。俺は今、考えごとしてて忙しいんだよ。さ、帰った帰った」
素っ気なく言い返すと、クルリは残念そうな表情を浮かべた後、意外にも大人しく引き下がる。
「……そうですか。では『俺は今、考え事してて忙しいんだよ。帰った帰った』って、パロミデス王女殿下に伝えておきますねー。不敬罪でギロチンかもですけどー」
「おー、王女によろしく…………って、ちょっと待てぇぇぇぇい!!!」
◇
この街に王女が来ている。
しかも、この俺を名指しで面会を希望していると。
危うく門前払いにしそうになったところを急ブレーキ。俺はクルリと共に、王女殿下の元へと早足に進む。
「クルリが王城へ一報を入れておいたんですよ! ついに勇者様が見つかったって」
無い胸を張って、鼻高々と歩くクルリ。
「褒めてくれてもいいんですよ? まぁ、クルリは常日頃、何もしてなくても、可愛いってみんなが褒めてくれるので、今更褒められても特に何も感じませんが!」
「はいはい、サンキューな」
雑にその頭を撫でてやる。
逃げられるかなと思ったが、意外にも大人しく撫でられているクルリ。
「何だよ、てっきり『汚い手で触らないで下さい。クルリの可愛さが汚れます』とか言われると思ってたぞ」
「罵倒されたくて撫でたのなら、ツクモ様はとんでもないドMですね」
「…………」
「そこで黙るのは止めてください。真実味が増すじゃないですか!」
と、そんな風に口の減らないクルリだったが、少ししてからつらつらと言葉を紡ぐ。
「……その雑な撫で方が、姉と似ていたので少し驚いただけです。あと、さっさとそのいかがわしい手を退けてください。クルリの可愛さが凌辱されます」
「罵倒が想像を超えて来るの止めてくんない!」
……でも、今一瞬変だったな。
姉がいるって言ったとき……。
何か知らんが、深追いしてもあまり気分のいい話は出て来なさそうな雰囲気だ。
「にしても、こんなに早く王族と繋がりが持てるとは思わなかったぜ。しかも、王女様! これは新ヒロイン追加の予感」
新人ながらチートを駆使して次々と功績をあげて、ついには王族とコネクションを得て、王女様とのフラグも立てちゃうってやつだ!
まさしく異世界物の王道展開だよな。
ふははは、燃えるぜ、
おっと、顔を引き締めないとな。
妄想が膨らんで、つい顔が緩んでしまった。(キリッ)よし!
「お願いですから、王女殿下の前でそのマヌケ面は控えてくださいね」
「今、顔を引き締めたばかりなんですけど!?」
―― そんなこんなで俺たちは王女殿下の待つ、冒険者ギルドの客間へとやって来た。
ちなみにロッテはまだクローゼットの中で反省中。
ヴリトラも気絶したままだ。
『人異の契約を交わした異種族は、人間にとっては武器の様なものですので、王侯貴族と謁見する際は、連れて行かないのが常識です』
と、クルリに言われたので丁度良かったかもしれない。
「さて、このドアの向こうに王女殿下が……」
ドアの取っ手に手をかけ――
「なんか、ちょっと不安になってきたな。王女って聞いたからテンション上がってたけど、こっちの世界に来てから出会う女、出会う女、みんな顔は良いんだけど頭がおかしい奴ばっかだし……この調子じゃ王女ってのも期待薄かもな……」
「き、聞こえたらどうするんですか!? もし聞こえたら、冗談じゃなく不敬罪で逮捕ですよ!」
まじかー。ファンタジー世界怖えな。
じゃあ、扉の先にメスゴリラみたいな屈強ガールが居ても、美しき姫君とか言わなきゃならんのかな? めんどー。
「仕方ねえ。よし、開けるぞ」
王女殿下が待つ客間のドアをノックし、返事を待ってからそのドアを開ける。
そこで待っていたのは、絶世と言うほどに美しい蜂蜜色髪のお姫様。
別に、お姫様であると一目で分かる格好や、装飾品を身に付けているわけではない。
むしろその身には、聖騎士のような白銀の甲冑を身に付けている。
ただ、その佇まいや溢れる気品から……無意識に、無条件に、この人はお姫様なのだと確信してしまった。
「初めましてパロミデス王女殿下。私はツクモ。御身に
「ツクモ様の女性に対するその変わり身の早さは、尊敬と侮蔑に値しますね」
うるせ、なんとでも言え。
「シスタークルリから話は聞いています。貴女が勇者ツクモですね。聞くところによると、悪魔族――しかも高位悪魔と人異の契約を交わしたとか」
「イエス・マイロード」
「それだけじゃないんですよ、パロミデス王女殿下! ツクモ様は、何とあの邪竜ヴリトラとも人異の契約を交わしたんです!」
「ヴリトラ……あのダークドラゴンとですか? にわかには信じがたい話ですが、それは本当なのですか、勇者ツクモよ」
凛々しくも、透き通った可憐な瞳。
疑いの視線すら麗しい。
「イエス・マイロード」
「ふふ、ツクモ様は面白い方ですね」
真面目にやってるのになんか笑われた。
「ツクモ様を真の勇者と見込んでお願いがあります。どうかこの世界をお救い下さい」
「ええ、もちろん。この勇者ツクモが、パロミデス王女殿下の望みを何でも叶えて差し上げますとも。さあ、ご命令を美しき姫君!」
勢いでイエスって言っちゃったけど、世界を救ってかぁ。
魔王軍関連なんだろうけど、思ってたより話が重いなぁ。
「ありがとう。勇者マリベル亡き今、魔王軍の猛攻によって人類の領土は一割にも満たないところまで追い込まれています」
「へ? 勇者亡き今? 領土が一割……?」
「はい、我がパラミティアの王都は陥落、王国騎士団も総崩れ、前線では補給路を断たれ、まともな戦闘の維持すら困難」
「ほ、ほお…………」
「ですが、この絶体絶命の状況でさえ、勇者ツクモ様なら難なく乗り切り、人類を勝利へと導いて下さると確信しております!」
「ほ、ほう……」
「どうか、私と共に戦ってはくれませんか? ツクモ様……」
……勇者死んだ。領土一割。王都陥落。騎士団総崩れ。補給路アウト。
あと、人類は弱い。
「無理ゲーじゃねえか!!!」
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