第33話 むしろもうコロシテパトラッシュ

「やったぁぁぁ、第一夫人の座ゲットォォォ!」


 口元をキラキラで汚しながら気絶しているヴリトラとは真逆に、さっきまでメソメソ泣いていたロッテが椅子に足を乗せガッツポーズを繰り出す。


 ――が、すぐに我に返ったのか……。


「………………べ、別にアンタの第一夫人になりたかったわけじゃないからね! ただ、あの陰キャ邪竜よりしたってのが気に入らなかっただけだから! それだけだから勘違いしないでよね!」

「お手本のようなテンプレ台詞に感動すら覚えるな……あと、第一夫人じゃなくて、第一奴隷だからね、お前」

「ひどい、騙したのね!」


 騙してないだろ。

 何でコイツはすぐ自分が奴隷にされたことを、きれいさっぱり忘れられるんだろうか? 


「だって私、頑張ってあの陰キャ邪竜からツクモを守ったのに!」

「いや、お前普通にボコられてたじゃん。そんで、毒の沼で溺れて、引き上げようにも触れないから、縄で輪っか作って引っかけて、皆でせーのって――」

「いやーやめてーー言わないでぇぇぇ」


 言わないで欲しいなら記憶を捏造するなよな。


「それに俺は、結婚するなら触ったら死ぬ毒悪魔でも、選択肢一つ間違ったらデッドエンドになりそうな邪竜でもない、普通の女の子が良いんだよ!」


 たとえばギルドのお姉さんこと、ネッサさん……は自爆してきたから次点として、やっぱり俺の本命は……元生贄のリリアちゃんだよな。


「あの、ツクモ様?」

「――そうそう、これだよこれ。こういう地味だけど、よく見るとすごく可愛いっていうね」

「あのーーー、ツクモ様?」

「ロッテも見習えよな。見よ、この見事な三つ編みメガネの清楚系黒髪美少女を……ってリリアちゃん? あれ、いつの間に居たの?」

「あはは、さっきから居たんですけど……そんなに褒められると照れちゃいますね……」


 恥ずかしそうにうつむくリリアちゃん。

 頬を薄っすら朱に染める仕草がドンピシャ可愛い。


「あの、ツクモ様。ずっとお礼を言いたくて……でもツクモ様は勇者様で……周りにも凄く綺麗な女の子ばかりだから……」


 姿勢正しく、緊張気味に、少し周囲を気に掛けながら話すリリアちゃん。


「私みたいな何の取り得もない普通の女が、軽々しく声をかけていいのかなって……」

「とんでもない確かに僕は勇者ですが(キラッ)、輝いて見えるかもしれませんが(キラッ)、貴女の美しさに比べたら勇者の輝きなんて川の底で丸く削れたガラス片ですよ(キラッ)」

「そんな美しいなんて、ツクモ様ったら冗談ばっかり……」


 うああああ、イイ! 

 このシンプルな返答。ベストな恥じらい。

 ロッテ、クルリ、ヴリトラに足りないのはこういうのだよ!


「何、鼻の下伸ばしてんのよ。言っておくけど第一夫人は――」

「お前はあくまで第一奴隷だから。あと邪魔すんな。そこのテーブルの下で体育座りでもしてろ、これ命令な」

「ひーどーいー。普通にどっか行ってろ、でもいいじゃなーい!」

 

 だが、命令に逆らうことは出来ないらしく、ロッテは涙を浮かべながらテーブルの下で体育座りを始める。

 よし、邪魔者は去ったな。


「ところでリリアちゃん。キミを邪竜の生贄という運命から救ったのはボクなわけで、だからその……もしよければ今度一緒に食事でも……」

「うわっ恩着せがましい言い方。これだから彼女いない歴=年齢の男は。恥ずかしくないのかしら」

「お前は黙ってろ!」

「むぐぐ」


 俺とロッテのやり取りを、少し不思議そうな顔で見ていたリリアちゃん。だが、気を取り直したように話を続ける。


「あの、私も是非ツクモ様にお礼をしたいと思っていたので……ですから、その食事のお誘い、とても嬉しいです」

「う、うそ、ホントに?」


 これって好印象じゃない? 

 何だろう、何となくだけど絶対に上手くいかないと思ってた。

 どうせ、ロッテとかヴリトラの邪魔が入って台無しになって終わるのだと。

 なのに、これは……え、マジで三つ編みメガネの清楚系黒髪美少女の彼女が出来ちゃう流れ?


「はい。私が生贄の運命から救われたこと、家族みんな感謝していて、娘も是非ツクモ様にお礼を言いたいと――」

「そっか、家族みんなに感謝されるとか、ちょっと照れるなぁ。リリアちゃんの娘さんにまで……娘さん…………むすめぇぇぇぇ!?」


 は、え? なして? だって、リリアちゃん、あなたどう見ても、俺と同年代じゃ……。


「リリアちゃ……リリアさん、つかぬことをお聞きしますが。ご年齢は……」

「32歳です」

「…………ダブルスコアやんけ!!!」


 俺、16歳やぞ!

 いや、ここは異世界だ。もしかしたら……。


「リリアさんってエルフかなんかですか?」

「いいえ、人間ですよ」


 ですよねー。耳尖がってないし。


「ちなみに娘は8つで――あ、ちょうど今、夫と一緒に……」


 リリアさんの視線の先に居たのは、高身長の金髪イケメンと、その腕に抱きかかえられた、リリアさん似の可愛い幼女の姿。


「す、素敵な……ファミリーですね。幸せそうでナニヨリデス。ボクはその眩しさと恥ずかしさで消えてシマイソウデス。むしろもうコロシテパトラッシュ」 


 俺の心がコロシテくんへと成り果てたその時、


「ぶふーーーーーーっ!!! あははははは、人妻、人妻って! しかも子持ち! あーーーおっかしい」

「くっ、このてめ、ロッテ!!!」


 黙って体育座りしてろ、という命令の効果が切れたのか、俺を指差し馬鹿笑いを始めるロッテ。


「お前、人の不幸をそこまで笑うか!?」


 何がそんなに楽しいんだか、腹を抱えて心底嬉しそうに笑うロッテ。

 ご主人様へのリスペクトが足りなさすぎるだろ!?


「ふふーん。この私をないがしろにした罰よ」


 ないがしろにしたって、相変わらずこの奴隷は何を言っているんだか。


「いいだろう、お前がそのつもりなら沢山構ってやらぁ……」

「え、ツクモ……? 何を……?」


「うるせぇぇぇぇ、死なば諸共じゃぁぁぁぁ!!!」


 衆人環視の中、俺はロッテの凶悪な駄肉を思い切り揉みしだく。


「ちょっと、またぁぁぁぁ!? 何してるのぉぉぉ!!!」

「うるせぇぇぇ。結構本気だったのにぃぃぃ。こうでもしないとやってられるかぁぁぁぁ!」

「あ、だめ、みんな見てるから、そこはだめぇぇぇ」


 こうして、ロッテの駄肉に溺れて死ぬこと二回目。

 俺は、この世界に来てから27回目の死を迎えたのだった。

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