第32話 うっ、うげろヴぇろヴぇろごっ…。

「うわーーーーん。負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 エトラスの街の中央広場。

 ロッテとヴリトラの死闘は、とりあえずの決着を迎え、俺たちは歓迎会場に戻ってきたわけだが……。


 ヴリトラにボコボコにされたロッテが、引くほどギャン泣きしている。

 ギャン泣きしながら、酒を煽って、焼き鳥を食い散らかして、そしてまたギャン泣きしている。


「いい大人(?)なんだから、全力で泣くなよ。さすがにみんな引いてるぞ」

「別にいいもん。泣いてなくても、引かれるのはいつものことだもん、わたし毒物だし」


 あー、卑屈モード入ってるなぁ。


「大悪魔様の語尾が『だもん』で良いのかよ?」

「いいもん。ロッテ大悪魔じゃないもん。あんな陰キャドラゴンに負けた低級悪魔だもん」


 めんどくせー。こいつ泣き上戸かよ。


「いいわよ、明日から『どもー、低級悪魔レッサーデーモンのロッテですー』って名乗ってやるわよ」


「売れない芸人の名乗りみたいで痛いからヤメロ」

 

 と、この様子を見て貰えば分かる通り、ロッテとヴリトラの闘いは、蓋を開けてみたらヴリトラの圧勝だった。


「まぁ、気持ちは分かるけどな。あれだけドヤ顔で戦いを挑んだのに、渾身の毒魔法は全部弾かれてて、完全に勝ったつもりで高笑いしてたところにドラゴンブレスの直撃だもんなぁ」

「言わないで……」


 ドラゴンの特有恩恵――『刃も通さない鋼の鱗』とは言葉通りではなく、言葉以上のモノだった。

 竜の鱗は対物理だけでなく、対魔法に対しても異常な頑強さを備えていたようで、ロッテの魔法は、鱗の障壁を突破することなく、ほとんど効果が見られなかったのである。


「で、吹っ飛ばされた挙句、自分の作った毒の沼地で『だずげでー溺れるー、わだし、およげないのぉぉぉ』だもんなぁ。足が着く深さなのに……」


「……ツクモを殺して、私も死ぬわ……」


「ゴメンて、怖いこと言うなよ!」


 結局、泣きながらテーブルに突っ伏すロッテ。

 その姿に俺は陰ながら同情の視線を送る。

 何故ならロッテの今の気持ちが、俺は誰よりも理解できるから。


 ……俺も足がつく川で溺れ死んだってことは黙っておこう。


 と、何かを思い出したかのように、突然顔を上げるロッテ。


「いい、ツクモ! あれが私の実力だと思ったら大間違いなんだからね!」

「何だよ唐突に」

「私が全力全開だったらあんな障壁ぶち抜いて、ヴリトラなんて今頃、骨だけのスカスカスカルドラゴンになんてたんだから!」


 ……怖いこと言うやつである。


「全力だったらって……お前、どこか調子悪いのか?」

「だって、あの時はお腹ペコペコで力が全然でなかったから」

「だから、お前はジャンプ漫画の主人公か!」


 ていうか戦いの直前、皿を山盛りにしてめっちゃ食ってたくせに、子供みたいな言い訳するなよな。


「――では、壮絶な戦いを制し、見事ツクモ様の第一夫人の座を射止めた邪竜ヴリトラさんと、変態勇者のツクモ様の両名に、ご挨拶をお願いしたいと思います」


 泣きじゃくるロッテに構っていると、いつの間にかクルリがまた何かを始めようとしていた。

  

「では、ヴリトラさん、変態様、ご両人は壇上へお願いします!」

「おい、クルリ! 変態でも良いからせめて勇者は付けろ! 勇者は!」


 というかそんなことより、ご両人は壇上へって……これじゃまるで婚約会見だ。

 クルリは調子に乗って、ヴリトラを第一夫人とかふざけた紹介してるし。


「まずったな……」


 このまま、二人であいさつなんてことになったら、ヴリトラにとってこれ以上の既成事実はないだろう。

 ヴリトラの中で、俺との結婚という脳内事実はより強固なものとなり、考えを改めさせることはより困難になるに違いない。


「そこから導き出される俺の未来地図は……」


 どうしてだろう、切断された俺の生首を抱きしめてボートに揺られるヴリトラの姿しか想像できないのは……。

 そんな凄惨な想像をしている俺の横で、


「ひぇっ……わ、わたしも……あいさつする……の?」


 急に名前を呼ばれたヴリトラが、電気ショックを受けたかのように固まっている。

 

「で、でも……私は、第一夫人だから……が、頑張らないと……」


 フンスと力を入れるが、ヴリトラの身体はカチコチのまま。

 恐らく人前に出ることが苦手なのだろう。

 しかも、挨拶までするとなると、陰キャとヤンデレを煮詰めたようなヴリトラには、かなり荷が重いかもしれない。


「そうか……これは使えるかもな……」


 あることを思いついた俺は、オドオドしながら歩くヴリトラと共にステージに上がる。


「えー、どーもー。ただいま紹介に預かりました、勇者ツクモです。よろしくです」


 などと軽く挨拶すると、早速クルリがマイクを俺に向けてくる。


「勇者ツクモ様は、見事邪竜ヴリトラに勝利し、人異の契約を交わしたわけですけれども、まずはこの勝利を誰に伝えたいですか?」


 何だよ、その勝利投手インタビューみたいなのは。


「えー、この勝利を冒険者ギルドのネッサさんと、生贄になるはずだったリリアちゃんに捧げ――」

「…………ご主人様? それ……ダレ??????????????」


 ヴリトラの深淵の瞳が俺を見つめる。


「――じゃなくて天国の爺さんに伝えたいと思います。……何故なら、俺も爺さんのいる所に旅立つ日が近いような気がするからです。理由は言えませんが……」


 こっわ。ちょっとのおふざけも許されないこの空気。肌がピリピリするぜ。


 ――そして、いくつか質問攻めに遭った後、クルリの矛先がついにヴリトラに向かう。


「では、ヴリトラさん。勇者ツクモ様と人異の契約を交わした今のお気持ちを、率直にお願いできますか?」

「え、そっちょく……きもち……? あ、えと……その……」


 マイクを向けられて完全にフリーズしている漆黒の邪竜ちゃん。

 気合を入れてこの場に立ってみたはいいものの、場違いだったと完全に後悔している眼だ。

 数百人の眼が自分一人に注がれている今の状況は、ヴリトラにとって経験した事のない、耐え難い苦痛に違いない。


 あまりに可哀そうなので、完熟マンゴーのダンボールでもあればかぶせてあげたいところだが……しかし、ここは心を鬼にして……。


「ヴリトラ、頑張れ。見ての通り俺は伝説の勇者。その第一夫人は言わばファーストレディ。これからもこうやって大勢の人の前で話す機会が何度もあるからな」

「ひぅっ……こ、これが……なんども……?」

「そうだぞ。むしろこんな人数まだまだ少ない方だ。これからもっと活躍すれば王宮に呼ばれたりして、王様に謁見えっけんしたり、お城で国民の前で演説したりもきっとあるぞ」

「えっけん……? えん……ぜつ…………?」

「そうだよ、その時はきっとこの何倍、いや何十倍もの人達が……」


「…………うっ、うげろヴぇろヴぇろごっ…。」


 あ、吐いた。

 想像以上に効果があったようだ。

 だが、邪竜のプライドか、自称第一夫人の責任感からか、ヴリトラはなんとか言葉を続ける。


「うげゴホっ………………みなさん……はじめ……まして。ツクモ様の、第二婦人のヴリトラ……です。第一夫人はロッテさんにゆずり……まふ」


 放送上、キラキラに加工しなければならない物を吐いたヴリトラは、息も絶え絶えにそれだけ告げて気絶した。


「ふっ、計画通り。やっぱり日和ひよったな、この陰キャ邪竜」


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