第31話 おめえとも結婚した覚えはねえよっ!


「えっと……可愛いって言うのは結婚で、落とした消しゴムを拾ってもらったら恋人同士で、他の女の半径一メートル以内に近づいたら……浮気……だから殺す?」

「理不尽オブザデッド!?」


 他の女の子に近づいただけで浮気=殺すって何言ってんだ。

 え、冗談だよね? 

 ……冗談じゃないんだろうなぁ。


「女子に消しゴム拾ってもらっただけで好きになっちゃう非モテ男子を、あざ笑うかのような思い込み力だな……」

「ほんとにね……あのねヴリトラ、どんだけこじらせたら、そういう思考回路になるのよ」


 おお、珍しくロッテが頼もしい!

 よし、頑張れロッテ! 論破するんだ!


「第一ねぇ、可愛いって言われただけで結婚したことになるんだったら…………なるんだったら……あれ? じゃあ私もツクモと結婚してる? うそ、結婚しちゃってる?」


「ロッテサンマデ、ナニヲイッテラッシャルノデスカ?」


「だって、だって『今まで生きてきてお前ほど綺麗な女に会ったことなんてない』って言われたし、ヴリトラ理論で行くなら、それってもう結婚してるってことじゃない!?」


「馬鹿が増えただけだったぁぁぁぁ!!!」


 一瞬でも心強いと思った俺が浅はかだった。

 ていうか、何で一瞬でヴリトラ理論に飲まれてんだコイツ? 


「つーか、そんな適当に言った台詞を一字一句間違えずによく覚えてるな」

「なっ、何となくよ! べ、別に生まれて初めて男の人に綺麗って言われて、嬉しかったわけじゃないんだからね!!!」


 もうなんだかなー。である。

 すると、俺とロッテの会話を聞いていたヴリトラが光の消えた漆黒の瞳で聞いてくる。

 

「綺麗……綺麗ってどういうことです? ……まさか……ご主人様……私より……この毒悪魔を? そんなこと……何かの間違いですよね……ね? ね?」


 うわー、これイエスって言ったら殺されるし、ノーって言ったら引き返せなくなるやつだ。


 ヴリトラは確かに可愛い。

 スラリと背の高い漆黒の美女。それでいて弱弱しくて、ドM気質なところもそそられる。

 けど……ヴリトラを選んだその先の未来に、全くハッピーエンドが想像できないのは何故だろう。

 致命的だよなぁ。デッドエンド一直線だ。


「安心してツクモ。この大悪魔アスタロッテ様が、この陰キャ地雷女に立場ってものを分からせてあげるから!」


 おお、やはりここは第一奴隷のロッテの出番か?


「そう、分からせてあげるわ。この正妻、アスタロッテ様が!」

「おめえとも結婚した覚えはねえよっ!」


 そしてやはりというか、ロッテの正妻という単語にヴリトラが激高する。


「私とご主人様のラヴを邪魔……するの? なら……例えご主人様の奴隷でも許さない……消し炭にしてあげる」

「どうやら、その気になったみたいね。ボコボコにしてふん縛って、今度は強力下剤無理やり口に突っ込んでやるわ!」

「ふざけないで……私に下剤を仕込んで、苦しむ姿を眺めて楽しんでいいのはご主人様だけ……」

「ちょっと待てや! 俺の性癖を捏造するのは止めろ!」


 街の人たちが信じちゃってるだろ。

 え、あの人って勇者だけど変態なの? 変態勇者なの? って空気になっちゃってるじゃん!


「やっぱり、ツクモ様はそういう趣味をお持ちなんですね」

「クルリさんは少し黙っていてもらえる!? ややこしくなるから!」



        ◇


 エトラスの街からだいぶ離れた平原に、ロッテとブリトラがZ戦士のようにシュタッと降り立つ。

 にらみ合う両者。

 その身体からあふれ出す魔力が、塵を舞い上げ、静かに大地を揺らす。


「なぁロッテ。マジでやるのか? お前、ヴリトラには勝てないかもって言ってただろ。そんな相手と何で急に戦う気になってんだよ?」

「何で急にって……うっさい。ツクモの馬鹿」


 なんか雑に怒られた。

 人の気も知らずに、とか何かぶつぶつ言っているがよく聞こえない。


「ご主人様……退いて、そいつ殺せない」


 と、今度はヴリトラに怒られた。

 俺が邪魔でロッテに攻撃できないからだろう……光の消えた瞳でヴリトラが俺に退避を命じる。


「って殺すなよ! これ親善試合。親善試合だからネ! ――って、うおぉあぁぁぁ!?」


 突然、吹っ飛ばされた。

 ロッテが軽く腕を振っただけなのに――触れられてすらいないのに。


 その直後、ロッテを襲う極大火力の黒色の光束。

 それがドラゴンへと変形したヴリトラの口腔から放たれたものだと気づくのに数秒を要した。

 何故ならその威力が、一つの生命体が引き起せる現象だとは、到底思えなかったからだ。


 ドラゴンブレスが通った大地は一直線に抉り取られ、遥か後方の数十メートルはあろうかという巨石がさえも、その直撃を受けてドロドロに融解している。


「これが……特有恩恵のドラゴンブレス」


 真っ赤に溶け落ちる巨石を目にした俺は、茫然と立ち尽くすしかなかった。


「え、おい、ちょっと待て……ロッテは? 無事、だよな……?」


 ドラゴンブレスを避けたようには見えなかった。

 じゃあ、直撃? ……したら、あんなのただじゃ済まない……。


「あーはっはっはっはっは。馬鹿ね、ツクモ。無事に決まってるでしょ! この大悪魔アスタロッテ様を舐めないでよね!」


 その声に空を見上げると、遥か上空、全身を大の字に広げたロッテが高笑いをしている。

 その元気そうな姿にホッとしたのも束の間、ロッテの周囲に無数の魔法陣が現れ――。


「お返しよ! 一発でも触れたら竜種だってただじゃ済まない、特濃の呪毒を味わいなさい!」


 ロッテの宣言と共に、魔法陣の一つ一つから黒紫の散弾が直下のヴリトラに向かって雨あられと降り注ぐ。

 少し触れただけで、意図すらせずに命を奪い取る――呪毒の悪魔アスタロッテ。

 そんなロッテが真に〝殺すために生み出した毒〟が絶え間なくヴリトラを襲う。


「おいおいおいおい、親善試合って言っただろうが!!!」


 ロッテの魔法が止む気配はない。

 毒魔法のあまりの物量にヴリトラの巨大な姿さえ目視できない。

 ただ、雨粒の様に弾かれた毒液の一粒一粒が降りかかるたびに、周囲の大地や樹木が酸で溶かされたかのように煙を吹き出し汚染されていく様子だけは見て取れた。


「おい、ロッテ! もう止めろ! このままじゃヴリトラが……」


 例えドラゴンの特有恩恵に〝刃も通さない鋼の鱗〟があろうとも、あんなモノを喰らえばただじゃ済まないことは俺にだって解かる。


「それに、これ以上街の周りが毒の沼血だらけになっちまったら、エトラスがラストダンジョン手前の街みたいになっちゃうだろ! 新人冒険者の街なのに!!!」


……いや、

あの街って創星教信者だらけだし、ヤバさを考えると意外と似合ってるのか?

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