第30話 ……それが結婚……です

「……ぶっちゃけありえなーい」

 

 心からの言葉である。


 利尿剤盛られて、トイレを使わせてもらえず、粗相しちゃった姿を可愛いと言われて――それで『ご主人様……しゅき』は無いだろ。


 この邪竜どんな変態だよ。

 そして、漏らして泣いてるヴリトラの姿を、可愛いと思ってしまった俺も立派な変態紳士なのだと自覚した今日この頃である。


 ――などと考えている俺が今どこに居るのかというと。


「あばばばばばばばばばば、た、たすけー、ツクモー、ツクモ様ー、ご主人様ぁぁ、降ろして、わたし歩いて帰るから! おーーーろーーーーしーーーーてーーーーーー 、ビィヤァァァッァ」


 遥か後方から、ロッテの泣き叫ぶ声が聞こえる。

 そう、俺たちは今、巨大なドラゴンへと姿を変えたヴリトラの背中に乗って空を飛んでいるのだ。


 ……まぁ、毒悪魔のロッテだけはヴリトラの背中に直接乗るわけにはいかないので、ヴリトラの足に縄を繋いで――宙づり状態で引っ張られているのだが。


「仕方ないだろぉぉ! 帰ろうと思ったら馬車が綺麗さっぱり居なくなっちまってたんだからー」


 クルリの話では、


『ツクモさんが男だとバレたあの時、ヴリトラさんから溢れ出た強大な魔力に、馬がパニックになって逃げだしてしまったのでしょう』


 との事だった。

 その話を聞いたヴリトラが心底申し訳なさそうに、


『ご……ご主人様? あ、あの……わたしのせいで……馬にげちゃって、ごめんなさい。かわりに、わたしに乗る?』


 と提案してくれたので、お言葉に甘えた次第だ。

 ま、ロッテだけは最後まで嫌がっていたが、結局〝命令〟には逆らえず、この状況に至る。

 しくしく泣きながらヴリトラと自分の身体を縄で繋いでるロッテの表情は、自分の墓穴を掘る死刑囚さながらの哀愁が漂っていた。


「だーーーかーーーらーーー、私は歩いて帰るってーー言ったのにーーーー」

「あー、いい風だな~。風が心地よくって、奴隷の声が良く聞こえないな~」

「ひぐっ、ひーーーどーーーーいーーーーーーー」


 ロッテの涙と嗚咽は、風に流され消えていく。

 アスタロッテ南無。

 骨は拾ってやる…………骨にまで毒は無いよな?



        ◇


「さあ、街の者よ道を開けるのです! 伝説の勇者ツクモ様のご帰還なのです!」


 声を張り上げるクルリの後についてエトラスに入ると、既に街は歓迎ムードのお祭り騒ぎ。

 歓声の中、あれよあれよと街の中央広場に連れていかれると、準備万端整った宴会場のVIP席に、俺たちはストンと座らされるのだった。


 ――そうして始まる、ヴリトラ討伐成功の宴。

  

 ステージ上では早速、クルリが勇者ツクモがどれほど勇敢に邪竜ヴリトラを重複したか、まるで講談師のように語っている。


「そう! 邪竜ヴリトラを討伐に向かったツクモ様は、なんと邪竜さえも脅迫――ではなく、心を通わせ人異の契約を成し遂げたのです!」


 クルリの大仰な演説に街の人たち(ほとんど創星教の信者である)は泣きながら歓喜の声上げている。


「悪魔のみならず、邪竜までをも使役し、正しき道へを導かんとするツクモ様の慈愛と勇気! これぞまさしく伝説の勇者の証明!」


 ――という事らしい。


 悪逆の限りを尽くしてきた悪魔と邪竜を、勇者たる俺が、勇気と力、そして慈愛の心によって改心させた……ねぇ。

 うん、真っ赤な嘘だわ。

 クルリも大勢の前であれだけの大嘘をぶちまけられるな。


「――邪竜ヴリトラのドラゴンブレスを、何とツクモ様はその手に持った剣一本で真っ二つに切り裂き、私たちをお守り下さったのです!!!」


 やってねえし。誰だよそのカッコいい奴。 


「俺がやったのって、利尿剤で乙女のハートを真っ二つに引き裂いただけだよね?」

「はい……あの、私のハート、見事に撃ち抜かれ……ちゃいました。うへへ」


 VIP席に座る俺に、ぴったり、べったり、べっとりと引っ付いて離れないヴリトラが、古き良きオタクの様にデュフフと笑う。


 ……いくら人異の契約を交わしたとはいえ、あれだけ恐れてた邪竜にVIP席を用意するこの街の人間の気が知れんな。


「利尿剤で撃ち抜かれるハートの存在に、俺のハートも震えが止まらないけどな」


 だが、言葉の意味が分からなかったのかヴリトラはきょとんとした顔を浮かべる。

 どうやら遠回りな表現は通じないらしい。それどころか、

 

「それでご主人様……あの……私たちの結婚式はいつになりますか?」

「へ? 結婚式?」

「は、はい……やっぱり結婚したわけですし、できれば式も早くに挙げたいなって……。その、えへへ、恥ずかしいです」


 こっちの話は完全スルーして、自分の脳内事情を垂れ流し始めるヴリトラ。

 大きくも美しいその肢体を小さくモジモジさせながら、一人勝手に照れている。


「式には誰を呼びますか? あ、でも私友達居ない……から……でも、呼びたい人達は居るんですよ。子供の頃、私のことデカ女って馬鹿にした男子とか、『ヴリトラは一生結婚できなさそうよね』ってマウント取ってきた幼馴染とか……あ、あと、あと」


 普段ゆっくりぼそぼそ喋るのに、恨みつらみを語る時だけ早口になるのが怖い。


「ちょっと待って、ちょっと待って、ヴリトラさん? えっと、俺たち――――いつ結婚したの?」


「…………………?」


 その純粋に真っすぐな瞳で、不思議そうな顔するの止めて。


「……え、えへへ、うふふ、ご主人様、冗談ばっかり。だって……ご主人様、わたしのこと『可愛い』って言ってくれましたよね?」

「う、うん……そうね、言ったね」


「……それが結婚……です」


「ちょっと待って! まじ意味わかんない!」

「何で……ですか? 男の人が女の人に可愛いって言ったら……それってプロポーズ、ですよね?」

「価値観!? 待って、置いていかないで? 俺まだ乗れてないのに、エレベーターで最上階行くの止めて!」


 と、そこへ、


「ちょっと、ツクモが困ってるじゃない。新参者のクセにデカい顔してんじゃないわよ!」


 横から入ってきたのは、大悪魔にして俺の奴隷第一号のアスタロッテ。

 その右手にはフォークを、左手には山のように料理が乗った皿を持っている。


「席に居ないと思ったら、ジャンプの主人公みたいな飯の食い方しやがって……ってか、大丈夫なんだろうな。そこらの料理を毒物に変えて帰って来てないだろうな」

「それは大丈夫よ。料理は人に取って貰ったから。食器は使い捨てになっちゃうけど、それは仕方のない犠牲よね」


 普通の食器も、ロッテに手に掛かったら紙皿とプラフォーク扱いとは。

 SDGsの時代に正面から喧嘩売ってるみたいなやつである。


「そんなことよりヴリトラよ! アンタねぇ『可愛い』って言われただけで結婚ってどういう価値観してるのよ?」

「価値観……?」


 そう問われて、小首をかしげて少し考える邪竜さん。


「えっと……可愛いって言うのは結婚で、落とした消しゴムを拾ってもらったら恋人同士で、他の女の半径一メートル以内に近づいたら……浮気……だから殺す?」


「理不尽オブザデッド!?」

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