第15話 どこの街に自爆するパン屋が居るんだよ!?

「追えーーーっ!」

「絶対に逃がすなぁぁぁぁ!」

「悪魔の下僕が街に入り込んだぞぉぉぉ!!!」

森林の狼フォレストドッグと契約している奴は、匂いを追わせろ!」

「草の根分けても見つけ出せ! 創星主様の導きをぉぉ、死の鉄槌をぉぉぉぉぉ!」


 ――くわやらなたやらを持って、血眼になって町中を走り回る農民たち。

 ――剣や杖を手に、必死に走り回る冒険者らしき人々と、その契約魔獣。

 ――悲鳴を上げながら、家の中に閉じこもる女子供たち。


 そんな、阿鼻叫喚な街中を、俺とロッテは必死に逃げ回っていた。


「何で、何でだぁぁぁぁ! 高位悪魔を使役してるんだぞ! 英雄として歓迎されるはずじゃなかったのかよぉぉぉ!」

「知らないわよぉぉぉ! だって、誰もツクモが私のご主人様だって信用しないなんて思わなかったんだもん!」


 夢いっぱい、希望いっぱいで叩いた冒険者ギルドの扉。

 散々勿体ぶった後、ロッテの正体をお披露目した途端――目の前のギルドのお姉さんに襲われた。


 いきなり飛び掛かってきて爆発したのだ。


  何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。

 ありのまま話すと――


『街中の人間が俺たちを追い立て、隙あらば自爆してくるのだ』


 ――これを惨劇と言わずして何というのだろう。


 逃げながらも『ロッテは人異の契約を交わした俺の奴隷だ』と何度も説明したが、誰一人聞く耳を持ってくれない。

 

 命からがら民家の塀の裏に隠れる俺とロッテ。

 周囲からは怨嗟えんさと殺意に満ちた怒号が鳴りやまない。


 隣で泣きわめいてる大悪魔様を見る限り、街中の人間から追われているこの状況は、ロッテからしても想定外だったのだろう。


「ってか、おい。大悪魔、魔王軍幹部、四天王さんよ。なに泣いてんだよ! お前強いんだろ? 人間はザコ種族なんだろ? だったら何で逃げ回ってんだよ!」

 

 いつも偉そうにしてんだから、こんな時こそ、悪魔超人パワーでどうにかしてくれよ。


「そ、それは普通の人間が相手の時よ。この街の人間、あいつ等みんな創星教の信者なのよ! ってことは、全員あの魔法が使えるはず……」


「あの魔法って……自爆してくるアレか?」


「そう、そうよ。うあああ、いやぁぁぁ、創星教怖いぃぃぃ」

「ば、馬鹿! そんなでかい声出したら街の奴らに見つかるだろ!」


 うちの大悪魔ちゃん、本気でパニくってやがる。


「――みぃぃぃぃつけぇたぁぁぁぁぁぁ!」

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」」


 塀の上から顔を覗かせる人間たち。

 怖い怖い怖い。目がイっちゃってる。

 そのイっちゃってる一人が塀の上から飛び掛かって来る――と同時に眩しく光り輝き、


 ちゅどーーーーんと大爆発を起こした。


「ぎゃあああああ!?」


 怯えるロッテの襟を引っ張り(手がピリピリする)間一髪、爆発から逃れる俺たち。


「何、何なの!? 何でこの街の人みんな爆発するの!?」


 格好からして魔法使いだとかには見えなかった。

 むしろ、あれはどこにでもいる普通のパン屋のおじさんにしか見えなかったよ?


 だが……だからこそ怖い。

 どこの街に自爆するパン屋が居るんだよ!? 


「おい、ロッテ。この爆発する魔法なんなんだよ!?」

「これは《悪魔滅殺自爆魔法》って言って、創星教の信者が使う対悪魔専用の魔法なのぉぉぉ」

「対悪魔専用……」

「そうよ、悪魔を殺すためだけに何百年も改良されてきた魔法で、自分の魔力と体力全てを犠牲に大爆発を起こすのよ!」


 悪魔専用にチューンナップされた自爆魔法か……それは確かに、さすがの大悪魔様でもビビるわな。


「人間は弱いって言っても、アレは駄目。一発や二発なら耐えられるけど、囲まれて一斉に喰らったらさすがに私だって死んじゃう! あと、目が怖い。怖いよぉぉ」

「泣くな! 大悪魔だろ!!!」


 だが、気持ちは分かる。

 アレは怖い。前世で読んだ、巨人に追われる漫画を思い出す。

 なんて言うか、生理的に受け付けない怖さがある。

 追ってくる人間の顔が怖い。画風が違う。


「パン屋のコメスキーがしくじったぞ! だが怯むな、行け行け逝け! 創星主様の御心のままにぃぃぃ、悪魔を殺せ! 絨毯爆撃じゃぁぁぁ!」


 狂気の叫び声をあげる爺さん。元気ですねぇぇぇ!!!


 その声に弾かれた様に、後ろから、右から、左から、そして上空から、次々と襲い来る街の人間たち。


「異世界ファンタジーじゃなかったのかよ!? 俺はゾンビパニック映画の世界に来たんじゃねえんだぞ!」


 恨み言を叫びながらダッシュで逃げる。

 その後ろから絶え間なく響くのは、ちゅどーんちゅどーんという爆発音。


「おいおいおいおい、何なんだよこいつら命が惜しくないのかよ!」


 と思ったが、どうやら自爆した奴らは、死んではいないらしい。

 ただ、真っ白に燃え尽きている。


「HPとMPをそれぞれ1だけ残してるってとこか?」


 ──だとしても十分狂ってるけどな。


「おかしい、おかしい、エトラスの街ってこんなじゃなかったよねぇぇ。十年前まで普通の街だったよねぇ!? 何でこんなに創星教の信者だらけなのーーーー!?」


「泣きごと言ってないで、お前の判断ミスなんだから責任取れよ!」


 だが、頼みの綱の大悪魔は「無理ィィィ」と泣きながら逃げるだけ。


「あれすごく痛いのよ! 昔、一回自爆魔法喰らってから、創星教を見ると、身体が震えて動かなくなっちゃうの! トラウマなの!」


「お前は、子供の頃犬に噛まれて犬嫌いになったクラスに一人は居る同級生か!」


 と、隠れていた俺の頭を矢が掠めて民家の壁に刺さる。


「ヒィっ!」


「居たぞ、あそこだ! 悪魔の手先め! 気を付けろ、主人の悪魔も一緒にいるぞ!」

「教会に連絡を! シスターに応援を頼め! 悪魔も悪魔の手先も絶対に逃がすなよ!」


「ちっげえええよ! ご主人様は俺だよ! 下僕はこの駄肉悪魔の方! 俺、さっきそう説明したよねえ!?」


「嘘つけ! お前みたいな三十秒で似顔絵が描けそうな造形の浅いモブ顔の言うことをだれが信じるか!」


「失敬な! 描きやすい顔は、漫画家に喜ばれるんだからな! 主人公に最適なんだからな――っひぃ!?」


 また矢が頭を掠めていった。

 今、髪に触れてたぞ。マジかよ、こいつらヘッドショット狙ってやがるよ!


「黙れ悪魔の手先! 生気も覇気も知性も品性も無さそうな男が、そんなエロけしからん高位悪魔と契約したなんて誰が信じるかぁぁぁぁ!!!」


 さっきの爺さんが声を張り上げる。


「生気と覇気が無いのは認めるが、知性と品性も無いってのは酷くねぇか!」

「初対面の女子の家でいきなりお風呂入る男は、知性も品性も欠けていると思いまーす」


 横を走るロッテが、スンとした顔で淡々と言い放つ。


「うるせぇロッテ。無駄口叩いてないで、この状況を早くなんとかしろぉぉぉ!」


「じゃ、毒霧でちょっと皆殺しにでも……」


「それはらめぇぇぇ! 何とか誤解を解いてぇぇぇ。俺は普通に冒険者になりたいの。健全な異世界ライフ送りたいのぉぉぉ!」


 最初の街で、住民を皆殺しにする異世界転生なんて聞いたことねえわ!

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