第16話 お前のおっぱいを揉むためなら俺は死んでも構わない

「ふぅ、何とか逃げ切ったな」


 街のはずれの森の中で息を整える。

 ロッテの毒霧のお陰で、なんとか街の外まで逃げることが出来た。

 いや、毒で皆殺しとかやってない! やってないから!


 どうやら、ロッテは致死性の毒以外にも、色々な種類の毒を作り出せるらしい。

 逃げ出すために先ほど使ったのも、毒というよりは催涙ガスに近いもののようだった。


「執拗に俺を追い立てていた街のやつらが、涙をこぼしながら苦しむさまは圧巻だったぜ――じゃなくて! そんなことより、どこが英雄だよ! 何が歓迎だよ! どうなってんだよこれは!?」


 冒険者ギルドでロッテの正体を明かした0.1秒後には、目の前のギルドのお姉さんが自爆してきたぞ!


「そんなの私のせいじゃないわよ! 私だってちゃんとツクモが主人だって説明したじゃない! なのに、誰一人として信じなかったんだから仕方ないでしょ!」 


「ぐぬぬ」


「でも、ぷぷぷ。ツクモ、ご主人様って信じてもらえないなんて……さすがザコ人間。超ウケる」


 心底嬉しそうに笑いやがって……こいつ、マジぶん殴りてぇ。


 とはいえ、信じてもらえないのも無理はないかもしれない。

 自慢じゃないが、自分が他人からどう見えるかは重々理解しているつもりだった。


「まぁ、ツクモって弱そう、モテなさそう、ひ弱そう。人生、常に補欠って感じだから仕方ないか」

「人生、常に補欠ってどんなんだよ!?」


 ひでぇ。俺は永遠にベンチ入りすらさせてもらえないのか……。


「って、そんな下らねえ話してる場合じゃねえ! くそ、どうするか……このままじゃ冒険者になるどころか、ずっと最初の街にも入れずにゲームオーバーじゃねえか!」


 日も落ちてきた。野犬から逃げ回った夜を思い出して身体が震える。


「腹も減ってきたな……」


 よくよく考えると、毒だって知らずに食べたロッテの料理の後は、行商のおっちゃんに少し干し肉を分けて貰っただけで、ろくに食べていない。


「はぁ、困りましたね、ご主人様。もぐもぐ。ご主人様は私の料理食べられないし、自分で料理どころか、まともに食材の調達も出来ないポンコツだし。ああ、おいたわしやご主人様。もぐもぐ」


「くっ、コイツ」


 いつの間に採ってきたのか、明らかに毒々しい、よく分からん果物みたいなの食べているロッテ。

 こんな時ばかり、ご主人様呼びするところが憎たらしい。


 これは、立場を分からせてやらなきゃならんな――と口を開こうとしたその時、


「見つけましたよ。悪魔とその手先!」


 凛とした声が森に響く。

 声の方に振り向くと、そこにはシスター服に身を包んだ――ちっちゃい金髪少女が立っていた。

 少女は星飾りの付いた錫杖しゃくじょうを俺たちに突きつけ意気揚々いきようようと叫ぶ。


「さぁ、観念しなさい。このクルリ・クルックーが、お前たちをぶっ殺し――浄化して差し上げます!」


 凛々しいポーズで口上を述べるシスター少女。

 その姿に俺はつい見とれてしまう。


 さらりと長くよどみのない蜂蜜色の髪。

 深い神秘の青をたたえた瞳。

 ロッテとはまたタイプの違う正統派金髪美少女だ。

 だがその可憐な姿とは裏腹に、その瞳はギラギラとした殺意に満ち満ちていた。


「さあ、大人しく浄化されなさい!」


「いや、浄化っていうか、お前今ぶっ殺すって言おうとしただろ! むしろほぼ言ってたよね!?」


「言っていませんよ。敬虔な神の使徒たる私が、そんなはしたない言葉を使うはずがないじゃないですか。そんな嘘を言うとはやはり悪魔の手先。今すぐぶっ殺してあげます!」


「ぶっ殺す言うてるじゃん!!!」


 随分と個性的だが、この子はきっとこの世界の神官、退魔師、陰陽師的なものなのだろう。


 そう言えば、街のやつらが『教会に連絡しろ!』とか言ってた気がする。

 ってことは、この子は街の人から依頼を受けて俺たちを退治しに来た公的機関。

 恐らくロッテのような悪魔に対抗するための専門家。

 

 ――ということは取るべき選択肢はただ一つ。

 

「助けてくださいシスター様! ボクは悪魔の使いじゃありません! この悪魔に取り憑かれて困っているんですぅぅぅ!!!」


「ちょぉぉぉぉ、ご主人様、裏切ったわねぇぇぇ!!!」


「知るかボケェ! エロいことも出来ない上に、一緒にいると街にすら入れない、そんな無能毒悪魔なんてこちとら願い下げなんだよ!」


「ひ、ひどい!」


 ふふ、見たか。これぞ必殺『ボクは悪いスライムじゃないよ作戦』だぜ。


 俺の完璧な作戦に、プルプルと震えるロッテは、


「……そっちがその気ならこっちだって」


 と、何やらぼそぼそと呟くと、次にこう言葉を続けた。


「そんな酷い、ご主人様! お前は一生俺の奴隷だって言ってたのに! 一昨日の夜、私のこと可愛いって言ってくれたのは、お前のおっぱいを揉むためなら俺は死んでも構わないって言ってくれたのは嘘だったんですか!?」


「ちょぉぉ、お前何を言い出すの!? う、嘘です、でたらめですよシスター様!」


 いや、ほとんど嘘じゃないような気もするが……。


「な!? いくら人間の女の子に全く相手にされないからといって、悪魔相手に可愛いとかおっぱい揉みたいとか……なんと汚らわしい。こんな創星主様への冒涜があって良いのでしょうか」


「創星主様への冒涜の前に、まず俺への冒涜やめろよ!」

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