第12話 どこにだって、こういう糞野郎はやっぱり居るのだと……泥の味と共に思い知った。


「地元の商人にしか知られてない近道があるんだ。一緒に来れば二日くらいで着くぞ」


 自信満々に話すゴーダの誘いに乗ることにした俺は、それから小一時間ほどゴーダの後について歩いていた。


 それにしても、ラッキーだったな。

 街でも何でもないところにいきなり落とされてどうなることかと思ったが、とりあえず街までは連れて行ってもらえそうだ。

 そしたら、きっと冒険者ギルドとかルイー〇の酒場とか、ファンタジーっぽいアレがあるはず。


 そこから、勇者ツクモの伝説が始まるのだ。ふふ、ふはははは。


 などと俺が心の中で高笑いしていることも知らず、ゴーダはずんずんと森の中を進んで行く。


 真っすぐな足取り。

 だが、進めば進むほど周囲の景色は徐々に暗く、深く、不穏になっていく。


「あ、あの、近道ってこれで合っているんですか?」

「心配すんなよ。何回も通ってる道だからな」


 獣の遠吠えがする。

 森の距離感なんてわからない。でも……とても近いような気がするのは気のせいだろうか。


「あの、なんか遠吠えが聞こえるんだけど……」


「ああ、この森は野犬が出るからな。あいつらは怖えぞ。何しろ知恵がある。集団で獲物を追いかけてくる。いつどこから仕掛けて来るかもわからねえ。獲物を疲れさせてから止めを刺すんだ」


「ひぃ……」


「ベテラン冒険者でも舐めてかかったせいで犬っころに食い殺されちまったやつが何人も居るらしいぞ」


「そ、そんなのが近くに居るんじゃ大変じゃないですか!? 武器とか、火、火があれば……」


 慌てる俺にゴーダがカラカラと笑う。


「だから、数え切れねえくらい通ってる道だって言ってるだろ。心配すんなよ」


 からからと。げらげらと。笑う。


「そう、数え切れねえんだよ。何回もやってっからなぁ。てめえみたいなアホな旅人を騙して、こうやって森に置き去りにする遊びをよぉ」

「なっ!?」


 突然突き飛ばされ、じめりとした泥土に顔から倒れ込む。 

 驚きと共に振り返ると、そこには邪悪な笑みを浮かべたゴーダの姿。


「げひゃひゃひゃひゃ。何回観ても最高だぜ、騙された野郎のマヌケ面は!」


「てめぇ、最初から騙すつもりで! くそ、街へ向かうってのも、こっちが近道ってのも出鱈目でたらめだったのかよ!」


「人聞きの悪りい奴だな。俺は嘘なんてついてねえぜ。この森を抜ければ、すぐにエトラスの街ってのは本当だ」


 だが、ゴーダはいやらしく目を細めてこう続けた。


「ただし、この迷いの森を無事抜けられた奴なんて聞いたことがねえけどなぁ!」


 人間の悪意を煮詰めたような顔で大笑するゴーダ。


「な…………なんで、こんな事を……」


「何でって……さっき言ったじゃねえか。遊びだよ、遊び。てめえの命は俺様の娯楽のために消費されるんだよ。今のテメエの面ぁ、鏡で見せてやりたいぜぇ。さいっこうに傑作だからよぉぉぉ」


 醜い。なんて醜悪なゴリラ野郎だ。


 勝手に思っていた。

 俺の元居た世界はどうしようも無く最低な世界なんだと。

 だから異世界に行けば、そこはきっと素晴らしい世界で、夢のような出会いや冒険が待っているのだと。


 でも、どこにだって、どんな世界にだって、こういう糞野郎が必ず居るということを……泥の味と共に思い知った。


 気が付いた時には、野犬に囲まれていた。ゴーダの姿は煙のように消えていた。聞こえるのは殺したいほど下品な笑い声だけ。


 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな。

 怒りにまかせて日の落ちかけた森を走る。逃げる。逃げ惑う。

 だが、野犬の群れから逃げることなんて出来るはずがない。すぐに追いつかれ、俺の身体は野犬の餌となる。

 

 気が狂いそうな激痛の中。遠くなる意識の中。

 女性の声が聞こえた。

 薄っすら目を開けると、そこに居たのはゴーダと言い争っている女性。

 

「罪もない人を殺すなんて、約束と違うじゃないですか!」

「うるせえな! 立場分かってんのか!? たかだか奴隷の分際で、俺様に意見できるとでも思ってんのか!」


 ゴーダに殴り飛ばされた女が俺の隣に倒れ込む。

 泣いている。フードを深く被っているが一目で美人だと分かった。

 彼女は涙を流しながら、ごめんなさいごめんなさいと、何度も何度も俺に謝罪する。


「ばぁか、とっくに死んでるわ、ボケ。いつまでも死体に謝ってねえで、さっさと行くぞ」


 ゴーダに怒鳴られた女は、屈辱に瞳を歪ませ、それでも笑いながら去っていくゴーダに付き従うように後を追うのだった。



        ◇


 ――これが、涙なしには語れない、俺がこの世界に召喚された直後の話だ。


 今もゴーダのどす黒い笑い声が耳にべっとりとまとわりついている。

 思い出すだけで、悔しさと憎しみで吐き気を催すほどだった。


 そんな俺の話を聞いていたロッテが、ふむふむと頷きながら口を開く。


「なるほどね、だから普段人間なんてやってこない私の庭で、ツクモはワンちゃんと追いかけっこしてたわけか」

「ワンちゃんと追いかけっこなんて可愛いもんじゃねえよ! あの犬どもに何回食い殺されたことか……」


 ってか、あの森お前の家の庭なの?

 何人なんぴとも生きて出られない迷いの森とか言われてたぞ。


「ともかくだ、あのゴーダとかいう糞ゴリラだけは、ぜってえ許さねえ」

「だから復讐するってわけね」

「ああ、そうだ。あのゴリラ、エトラスの街に行くって言ってたならな。即行追いかけるぞ」


 あれからまだ一日も経っていない。

 普通に考えれば、まだ街に滞在しているはずだ。


「糞ゴリラめ、覚悟しろよ。目にもの見せてやる。俺を騙したこと後悔させてやるぜ。主にロッテの毒でな!」

「自分の復讐を女にやらせるって……はぁ、もういいや」


 でも、ゴーダと一緒に居たあの女の子は何だったんだろう。

 ゴーダの仲間なのだとしたら復讐の対象だが、奴隷とか言われてたし、俺に謝ってたし。


 少し気になるな……。

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