第11話 騙されて、あの森に置き去りにされたんだよ!

 ――地雷系女子とは。


『一見すると可愛らしいが、心に闇を抱えていて関わると厄介な女子』


 とまぁ、普通は精神的に問題がある女子を指す言葉だよな。

 そんなことを考えながら、隣を歩くロッテの姿を見る。 


 ルックスは抜群、おっぱいも凶悪、家事も出来るし、なんやかんや性格もちょろい。

 なのに、指一本、その肌に触れたら死ぬって……。


「――物理的に触れたら死ぬ女子も、ある種の地雷系と言って良いのではないだろうか……」


 そんな俺の独り言に気付いたアスタロッテが、いぶかし気な視線をぶつけて来る。


「それでツクモ。これからどうする気?」


「どうする気って、何だよやぶから棒に」


「だ・か・ら、仮にもウルトラ超絶大悪魔であるこのアスタロッテ様のご主人様なんだから、田舎で農業やってスローライフしたいとか言わないわよね?」 


 アスタロッテの家を後にした俺たち。

 夜も明けて明るくなった森の中、横を歩くアスタロッテがそんな軽口を叩く。

 

「ていうかツクモって……いきなりご主人様を呼び捨てかよ」


「いいじゃない。ご主人様って長くて言い辛いんだもの。舌噛みそう。あと、人前でアンタのことご主人様とか呼びたくない。死にたくなる」


「ひどい……」


 何で、俺ご主人様なのにここまで言われにゃならんのか。


「まぁいいや。じゃあ俺も、アスタロッテってのも長いからこれからはロッテって呼ぶぞ。いいな」

「ロ、ロッテ……? ほ、ほぉ……」


 なんか変な顔してるな。

 まさか、友達居ないからあだ名で呼ばれて嬉しいとか……って、さすがにそれは無いか。

 騙されて絶対服従させられてる人間相手になぁ。


 ……もしそこまでぼっち属性をこじらせているんだとしたら、もう手に負えない。

 

「で、どうなの? このアスタロッテ様の力を使って何を成したいの? 世界征服? 食べ歩き? 温泉巡り? あ、私、西のユーガラ行ってみたいなぁ。なんかね、美容にいい温泉があるんだって!」


 こいつ、自分が奴隷にされたこと、もう忘れてるんじゃねえの?


「なんか途中から、旅行の計画みたいになってないか?」

「な、誰が新婚旅行の話なんて!?」

「誰も新婚旅行とは言ってねえよ!!!」



        ◇ 


「じゃあ、ツクモは何がしたいのよ? やっぱり、田舎に引き込っもってスローライフ?」

「妙に田舎でスローライフにこだわるな……」


「別に私はこだわってなんか……まぁ、でも? ご主人様がそういうのが好きっていうなら、一緒に田舎で薬屋とかやりながら、のんびり暮らしてあげないわけでもなくもないけど?」


 この悪魔、自分がスローライフに憧れてるだけなんじゃ?


「言わねーよ。そういうのは、散々ブラック企業でこき使われて、人生に疲れ果てたサラリーマンがやることだろ? 俺はとにかく冒険したいね! 若さと元気は有り余ってるからな」


 何しろ中学高校と、疲れるようなイベントには何一つ積極的に参加してこなかった俺だ。

 あの時節約したエネルギーは、この時のための物だったのだと、今なら確信を持って言える。

 別に、クラスメイトからイベントごとに誘われなかったとか、文化祭やら修学旅行でもぼっちだったとか言うわけじゃないからな。


 ……ごめん、ちょっと強がった。


 ちなみに俺の姿も、今やもっさい芋色ジャージではない。

 動きやすさ重視の革製の鎧に、柄に赤い宝石の装飾品が施されたショートソードという、いかにも冒険者なスタイルに変身を遂げていた。

 

 え、そんな装備どこで手に入れたかって?


 ロッテの遺跡の隅っこに無造作に山積みになっていた数々の装備品の中から良さげなものを見繕みつくろって拝借はいしゃくしてきたのだ。


 どうしてそんなところに装備品が山積みになっていたのか。

 本来の持ち主はどこへ消えてしまったのか……。

 それはあまり深く考えないことにした。


「で、これからどうするかだけどな……実はもう決まってるんだ」

「ほうほう」

「復讐だよ! 復讐!」


「ふくしゅう……? 何で、誰に?」


「さっきは言うタイミングを逃しちまったけど、あの迷いの森で犬っころどもに追われてたのは理由があるんだよ。ある男に騙されたんだ」


「ある男って?」

「ゴリラ男」

「は?」


「俺はこの世界に来てすぐに、あの糞ゴリラに騙されて、あの森に置き去りにされたんだよ!」


 俺はギリギリと奥歯を噛みしめながら、この世界にやってきたばかりのことを思い出すのだった。



         ◇


『じゃ、いってらっしゃーい』という天使の軽薄な声と同時に世界が光に包まれる。


 次に身体を襲うのは唐突な浮遊感。そして――

 ばしゃん。という音と同時に目を覚ますと、俺は見ず知らずの川の中だった。


「話が済んだらポイ捨てかよ。しかも、死んだ時と同じで川の中に転送って、ご丁寧に最低だな、あの天使」


 ざぶざぶと川から上がると、俺は周囲を確認する。

 山、森、山、山、川、森、そして地平線まで続く草原。


 町どころか、道すらない。


「おい、これ……マジでどうしたらいいんだよ」


 自分の姿を見る。

 ずぶ濡れのくたびれたジャージ一丁。

 ポケットにはスマホと小銭入れのみ。

 ちなみにスマホの電源を入れてみるが反応なし。


「充電したばかりなのに動かねえ。川の水にやられたか……」


 安いスマホだ。防水機能なんてついてない。

 はて、これからどうしたものか――と首を傾げていると、


「おー、兄ちゃん。こんな所でずぶ濡れでなにやってんだ?」


 目の前に現れたのは、人の好さそうなゴリラ顔の男。

 行商人なのだろうか、その背中には大きな荷物を背負っている。


「おっしゃー、第一村人ならぬ、第一異世界人はっけーーん!」

「ん? 異世界人? 兄ちゃん何言ってんだ?」

「いや、何でもないっす」



 男が手際良くおこしてくれた焚火に当たりながら、俺たちは簡単な自己紹介を済ませる。


 ずぶ濡れの俺に親切にも声をかけてくれたこのゴリラ……じゃなくって商人風のゴリラ……じゃなくてゴリラ顔の商人。


 名前はゴーダと言うらしい。


「ほぉー記憶喪失とは、そいつは難儀だなぁ。んで、自分を知っている人を探して街まで行きたいと」


「ええ、まぁそんな感じです」


「なら、俺と一緒に行くか? 俺も商売でエトラスの街まで行く途中だったからよ」


「え、マジでいいの?」


「おお、困ったときはお互い様だしな。それに街道を歩くと一週間はかかるけど、地元の商人にしか知られてない近道があるんだ。一緒に来れば二日くらいで着くぞ」


 色々追及されると困るので、雑に記憶喪失って設定にしてみたらあっさり信じてくれたし、この人は良いゴリラみたいだな。

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