第4話 痴女と呼ぶなと言う方が無理な相談

 天使は言った。

 異世界で無双出来ると。

 ハーレムだって作れると。

 なのに……。


「なのに……なぁ、俺は今どうしてこんな目に遭ってるんだよ…………」


 そんな独り言と共に、俺は二十三

 謎の遺跡に逃げ込んだのは良いが、相変わらず目の前には野犬の群れ。

 背中越しには押しても引いても開かない謎の扉。


「万事休すか……」


 ――そう呟いた次の瞬間、それまでビクともしなかった背後の扉が、突然鈍い音を響かせながらゆっくりと開いていく。


「何でいきなり?」


 さっきまで何をやっても開かなかったのに……いや、理由とかはどうでもいい。今はこの犬どもから逃げるのが先決だ。


 這いずるように扉の先へ身体を滑り込ませる――と、扉の先に広がるのは円形の空間。


 ここが最深部なのだろうか?

 この部屋から続く道は無いように見える。


「ってか遺跡の最深部なのに何もないのかよ! 俺このままじゃ犬の餌なんだけど!?」


 この絶望的な状況を一変させる何かがあるのではないかと期待していた。

 だが、見渡す限り何も……。


「……いや、誰か居るのか……?」


 部屋の中央にある祭壇のようなもの。

 その陰で何かが動いた。

 俺の目が捉えたのは、祭壇の上に腰かける一人の女。


「……何でこんなところに女? いや、こいつは……」


 ふあぁぁぁ、と女は大きく欠伸をする。

 その姿は、俺が見知っている普通の人間とは大きく異なっていた。


 褐色の肌に薄紫色の長いツインテール。

 金色に輝く鋭い瞳に、思わず噛みつかれたくなってしまうような美しい牙。

 頭を飾るのは、くるんと可愛らしい二本の角。


 だが、そんな人外の特徴よりも何よりも、俺が目を奪われたのは、〝駄肉〟という言葉がしっくりくる巨大かつ強大な胸。


「……なんで。何で……何でボスとか出てきそうな遺跡の中に……こんな痴女が?」

「痴女ちゃうわ!」


 やっぱり関西弁チックに切れられた。


「いやだって、ほとんどサキュバスだし、駄肉だし、痴女かと思って……」


 我儘ボディを覆うのは、ピッチリとした黒色のレオタードドレス。ちらりと見えるおへそに、黒のストッキング。

 さらにセットで羽と尻尾まで付いている。

 漫画とかでよく見るサキュバス感がすごい。

 

「――痴女と呼ぶなと言う方が無理な相談だろ」


「なんでよ! この角が目に入らないの? 普通は『つ、角が……』とか『あ、悪魔……』とか、腰抜かしながら恐れおののくシーンじゃないの?」

「いやだって……男だったら角より乳、尻、太もも見るだろ」


「いや……変態。キモ」


 ヒィっと、両腕で身体を隠す悪魔。

 涙目でリアルに引くなよ。悪魔が天使より初々しい反応すんなよ。


「――グルルルルるる」


 忘れていた。

 背後にはざらり、ざらり、と距離を詰めて来る野犬の群れ。


 犬どもめ。今はこの駄肉悪魔娘を警戒しているようだが、それでも俺に飛び掛かってくるのは時間の問題だろう。


「あはは、何アンタ? 犬ごときに追われてるの? 死にそうなの? あーおっかしい。私の封印を解くような糞野郎だから、どんな極悪人間かと思ったら、存外ザコだったみたいね」


 見た目通りのメスガキムーヴで、俺を笑い見下す痴女悪魔。


「封印? 極悪? 何を言っているんだ?」

「何よ人間、お前は何も知らずに私の封印を解いたの? あの扉は、自らの大切な人間を生贄に捧げることでしか開くことのない封印が施されていたのよ」


 驚く俺の顔を見て、痴女悪魔は手を口に当ててクフフと笑う。


「そうか知らなかったの。ふーん、偶然仲間が扉の前で死んだりしたの?」


「大切な人間を……生贄?」


 そうか、扉の前で〝俺が死んだ〟から、それで生贄を捧げられたと判断されたのか。

 そりゃ、俺にとって俺は大切な人間に違いないからな。

 だから最初はビクともしなかった扉が急に開いたのか。


「ってか、そんなんはどうでもいいから早く俺を助けろ! お前の封印を解いたのは俺なんだろ!? だったら、三つだけ願いをかなえるサービスとかあるんじゃないのかよ!?」

「うふふふ、お馬鹿さんね。何で、私がそんなお願い聞いてあげなきゃいけないの? 封印はお前が勝手に解いただけじゃない」

「なっ!?」


 悪魔の封印解いたら願い事を聞いてくれるのって世界共通のルールじゃないの?

 ルールじゃないにしても、封印を解いたのは事実なんだから、ちょっとぐらい助けてくれてもいいじゃねえか!


「せっかく苦労して封印を解いてやったのに感謝するどころか、馬鹿にしやがって……なんて恩知らず悪魔だ」

「いや、苦労も何も、アンタ封印のことすら知らなかったでしょ」

 

 ち、なし崩しに恩を着せてやろうとしたのに失敗か。


「でも、そうね人間。お前が、私が欲しいものをくれるっていうなら〝人異の契約〟をしてやってもいいわ。契約したならば、一度だけ、一度だけなら何でも言うことを聞いてあげる」

「人異の……契約?」


 聞いたことのない言葉だ。だけど、今は――


「一度だけなら、何でも言うことを聞くんだな?」

「そう、何でも。ただし……」


 ぺろりと舌なめずりした悪魔は、勿体ぶるようにこう続けた。


「――見返りに人間、お前の命を貰うわ」


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