第3話 飼い犬のペスに嚙まれるのは、いつも俺だけだった

『――楽しく愉快な異世界生活始めてやるからなーーーっ!』


 なんて意気揚々と異世界に降り立ったのが、ほんの数時間前。

 99個もあった俺の命は、今やその内の20個をすでに消費していた。


「――くそ、くそ、くそがぁぁぁぁ。」

 

 そこは闇深い森の中。

 背後には俺を追い立てる野犬の群れ。

 その牙は、既に俺の血肉で赤く染まっている。


「何で、なんで俺がこんな目に……念願の異世界転生だろ? せっかくのチート能力だろ? なのに、こんなのって無いだろぉぉぉ!」


 叫びながら木の根に足を取られて転ぶ。

 と、その隙を見逃してなるものかと、腕に、足に、喉に、次々と食らいつく野犬の群れ。


 ――死んだな。これは……〝また死んだ〟


 血と土が混ざり合い、鉄臭い泥の中に身体も意識も沈んでいく。

 全身を襲う絶望的な激痛に、俺は気絶するように意識を失う。


 普通の人間であれば、これで人生終了。

 永遠に目覚めることはない。


 ――だが、俺の意識はすぐに目覚める。


 それは、ぐっすり眠ってスッキリ目覚めた朝のような、気分も体調も爽快な覚醒。

 なのに……周囲を見渡すと、


「マジで役に立たねえチート能力だなぁ、おい」


 ――やはりそこは同じ森の中。


 俺を囲むのはさっきまで俺の身体に喰らいついていた野犬ども。


 ということは、結局始まるのは、さっきまでと同じ命がけの追いかけっこ。

 いや、これは数の暴力と野生の残酷による一方的な狩りだ。


「これで二十一回目……残りの命は七十八かよ……」


 もう、何度も食い殺された。

 何度も、何度も、何度も、何度も……。


 その度に復活しては繰り返される残虐。何度目覚めても、目の前には変わらぬ野犬の群れが待ち構えている。


 まさしく絶望だ。


「いくら命が99個あるって言っても、この状況じゃどうにもならねえだろ」


 逃げても、逃げても、逃げても、続くのは延々と変わらない黒樹の景色。

 死んでも、死んでも、死んでも、目覚めると眼の前には野犬の群れ。


「普通、生き返る系のチート能力だったら、タイムリープもセットで付けてくれるのが基本設計じゃねえのかよ!」


 生き返るにしても、その場で生き返るだけでは、失敗を避けてルート変更するっていう王道パターンが出来ない。


 しかも、武器も無い、魔法も無い、スキルも無いと、三拍子揃ってる。

 服は高校のジャージのままだし。

 そりゃ、犬相手にだって殺されるわ。無双されるわ。


「くっそーーーー。オラ、こんな異世界やだ~」


 と、やけくそになって歌っている間に、また追いつかれ、食い殺される。


 痛い。痛い。死ぬ。死ぬほど痛い。糞犬ども絶対殺してやる。ぐああ、痛い。ごめんなさい。やめて。もう本当に。


 そして、おそらく数十秒のインターバルを置いて、まばゆい光と共に五体満足のまま蘇る俺の身体と意識。

 瞬間、勢いよく立ち上がって全力で逃げる。

 

「こいつら、俺のこと食っても食っても減らない不思議な食べ放題だと思ってやがるだろ!」


 そういえば前世でも、飼い犬のペスに嚙まれるのは、いつも俺だけだったもんなぁ……とか回想に浸ってる場合じゃない。


「とにかく逃げないと……」


 だが、どこまで逃げれば、いつまで逃げればいい? 

 朝になるまでか?

 いや、無理だ。日没から恐らく一時間程度しか経っていない。なのに、もう二十二回も食い殺されている。

 

 今の俺の残りの命は77。

 どう考えても朝まで持たない。あと四時間程度で俺の命は食い尽くされる運命だ。


「あと四時間じゃ、日は昇らねえよなぁぁぁ――ぶへっ!」


 逃げることに必死でぶつかるまで気づかなかった。

 いきなり目の前に現れたのは石造りの建造物。


「助かった、誰かの家か!?」


 ――と思ったが、様相が違う。


 暗くて全貌は見えないが、薄っすら光っているこの建物は、なにかの遺跡のような……。


「どちらにしろラッキーだぜ。こういういかにも危険そうな場所に逃げ込めば、野犬は危険を察知して追ってこないに違いない……って、めっちゃ追って来てるしぃぃぃ!」


 遺跡の中に入った俺を、平然と追いかけて来る野犬の群れ。


「おい、犬っころ、空気読めや! この遺跡はなぁ、お前らみたいな下等生物が足を踏み入れていい場所じゃねえんだよ! すっげえ危険な悪魔とかが封印されてんだよ! きっと、たぶん! よくは知らねえけれどもぉぉぉ!」


 走る周囲には紫に光る魔法的な文字に覆われた壁。

 今にも動き出しそうなガーゴイルの石像。

 そんなラスボスでも出てきそうな雰囲気を、バウバウと獲物を追う野犬の群れが台無しにする。


 そうして逃げ続けること数分。

 道中、二度ほど食い殺されて復活して、そうして辿り着いたのは遺跡の奥深く。


「くそ、ここで扉かよ。しかも全然開かねえぞ、これ!」 


 周囲の壁と同じく、魔法の文字のような物が光るその古く巨大な扉は、押しても引いてもビクともしない。


「ふざけんじゃねえよ。ここでこの中入れなかったらマジで積むぞ」


 異世界に来て、命が99個もあって……半日も持たないって、そんなバカげた話があるか!?


「開けよ! 開けって言ってんだよ! この鉄くずがぁぁぁぁ!」


 だが結局、扉は一ミリたりとも動くことはなく。

 そうしている内に、俺の身体は再び野犬どもの餌食になる。


「……何で……何でこんなことになった……。やっと、やっと異世界で、この腐った人生やり直せると思ったのに……」


 何度経験しても慣れない激痛に涙をこぼしながら、俺は自分の運命を呪う。


「なぁ、天使様。今も見てんだろ? 教えてくれよ」


 異世界で無双できるって言ったじゃねえか。

 ハーレムだって夢じゃないって。


「なのに……なぁ、俺は今どうしてこんな目に遭ってるんだよ…………」




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