第22話 三つ編みメガネの控えめ系黒髪美少女だった

「では、こちらのアンケートと入信希望書にサインをお願いします。ツクモ様」


 そそそ、と禍々まがまがしい書類をテーブルに滑らせるクルリ。

 ついには入信希望書を隠す気も、騙す気も無くなってやがる。


「それは嫌だ。絶対嫌だ。死んだ爺ちゃんも言ってたからな、綺麗な姉ちゃんが持ってきた書類にサインすると、婆ちゃんにも娘夫婦にも滅茶苦茶怒られるから気を付けろって」


 爺さん、あの年で何にサインしたんだろうな……。

『この年で本気で怒られると……涙が出ちゃう』って泣いてた爺さんを思い出すと、今でも目頭が熱くなる。


「今入信すれば豪華特典、聖水サーバーが無料で付いてきます。配達料も無料! 掛かる費用は聖水の分だけ!」

「ウォーターサーバーの営業?」

「産地直送! すぐそこの聖なる湖から組み上げた聖水ですよ!」


「昨日、俺が沈められた水じゃねえか!」


 俺のよだれとか鼻水とか、入りまくりだぞあの水。


「じゃあ十日で一割。返せますか? 返せる宛はあるんですか? 無いですよね?」


 ずずずいと身を乗り出してくるクルリ。


「だったらほらサインしましょ? 楽になっちゃいましょうよ。ツクモ様なら幹部待遇ですから。宗教団体の幹部ほど美味しい仕事は無いですよ!」

 

 宗教の闇を暴露しながら、クルリが俺の両手を握る。


「『この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません』ってテロップが入りそうな発言は止めろ!」


「勇者の名声で信者を集めまくりましょう! お布施ふせもガッポガッポでウィンウィン。いい関係を気づけると思いませんか?」


「そういう発言するから余計に怖いんだよ!」


 ああああ、どうしよう。昨日調子に乗ってシャンパンタワーなんて注文しなければ良かった。

 サインするのは嫌だけど、借金を返す当てもないし。八方塞がりだよマジで。


「っていうかロッテ! お前も同罪だからな。お前のシャンパンタワーが一番高かったんだぞ! せめて借金の半分は肩代わりしろ。もしくは、今までぶっ殺してきた冒険者の持ち物の中に高額レアアイテムとか無かったですか? あったら金に換えるのでボクに下さい」


「アンタ最低ね……仮にも冒険者になろうって男が、亡くなった同業者の遺品を横領しようとか……家族の元に返してあげようとか考えないわけ?」


「悪魔のクセにまともなこと言うなよ! 俺だけがクズみたいになっちゃうだろ!」


 こいつ悪魔のクセに妙に常識人なんだよな。

 

「言っておくけど、人間の冒険者が落としていった物の中で金目のものは大体換金して家のローンの繰り上げ返済に使っちゃったから、大したものは持ってないわ」


 家に帰っても金目の物は残っていないと、ロッテが付け足す。


「くそ、役に立たない冒険者どもめ」

「……あんた本当に最低ね」


 ロッテは高位悪魔なわけだし、今まで倒してきた冒険者の金品をしこたま貯め込んでると思ってたんだけどなぁ。


「ん? 高位悪魔? 冒険者? ……そうか」


 難しいことを考えすぎていた。

 俺は大量の依頼書が張ってある冒険者ギルドの壁に駆け寄る。


「おい、ロッテ。お前、最強の悪魔なんだよな?」

「ん、そーよ。そう言ってるじゃない! 何しろ、私は万の魔物を率いて幾億の人間を――」


 久しぶりに大悪魔扱いされたのが嬉しかったのか、ロッテはその強大な胸を張って自慢話を繰り広げる――が、最初に会った時より人数が増えている。


 やっぱりこの話、嘘なんだろうな。


「うんうん、ロッテは最強なんだよな。強いんだよな? じゃ、ドラゴンにだって負けないよな?」


「当然じゃない、私が敵わない敵なんて――――――へっ、ドラゴン?」


「クルリさんよぉ、俺を舐めて貰っちゃ困るぜ。返してやろうじゃねえかその借金。このドラゴン退治の依頼、報酬は金貨50枚! 借金返しても、まだまだ余る額だぜ!」


「えっと、ツクモ? あの、ドラゴンはちょっと……ダメって訳じゃないけど、種類によってはちょっと困るかもというか……あいつらピンキリがあって……」


「――な、その依頼は、ゆ、勇者様が受けてくださるというのですか」


 よよよよよ、と泣きながら俺にすがって来る――知らない爺さん。


「その邪竜にエトラスの街は長年悩まされておるのですじゃ。西の山に住む邪竜ヴリトラ。奴は年に一度、若い娘を生贄に捧げなければ街を滅ぼすと脅してきて」


 いやだからアンタ誰よ。

 マジで知らないんだけど。何で勝手に話進めてるの?


「これまでも何人もの娘たちがヴリトラの元へ向かい。誰一人帰って来た者はおりません。しかも娘だけではなく大量の食糧や金品まで要求されて……ですが、王都の騎士団は魔王軍との戦いを優先してばかりで、全く動いてくれないのですじゃ」


 うんうん、大変なのは分かった。

 だから、俺のズボンで鼻水拭くな。そのひげ引っこ抜くぞ、右半分だけ。


「実は今年の生贄にわしの孫娘が選ばれることになってしまい……もし、もし、リリアがあの邪竜の餌食になったら、わしは、わしはもう……」

「おじいちゃん止めて」


 おおう、今度はどこからともなく孫娘が現れたぞ。


「ごめんなさい勇者様。おじいちゃんが勝手なことばかり。例え勇者様といえどあの邪竜と戦うなんて危険すぎます。私はいいのおじいちゃん、覚悟は決まっているから……街の人のために私は……」


 そう言って顔を上げた孫娘のリリアちゃんは、三つ編みメガネの控えめ系黒髪美少女だった。


「安心してくださいリリアさん。その邪竜、この僕が貴女のために見事打ち取ってみせましょう!」

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