第19話 あぁぁぁぁぁ話通じねぇぇぇ

「全く、我儘わがままな人ですね。火責めも水責め嫌だとか……」


 俺が散々文句を言うのが気に入らないのか、クルリがむうっと口を尖らせる。


「嫌に決まってんだろ! っていうか、もう普通に火責め、水責め言ってるぞ!」


 聖なる火と水を責め苦に使うんじゃない!


「じゃあ、少し疲れますが、あの方法にしますか……」

「あの方法……?」

「ではツクモさん、あの……正面からは恥ずかしいので、少し後ろを向いていて貰えますか?」


 モジモジと恥ずかしそうにクルリが言う。

 何だ、急に空気が変わったな。

 それに、少し疲れる? 恥ずかしい? 何だ?

 クルリの顔も少し赤いし。


 ――なんか、エロい気配がするのは気のせいだろうか……?


 言動はヤバヤバだが、実際クルリはかなり可愛い。

 一旦意識してしまうと急にドキドキしてきた。 


「わ、わかった」


 クルリに言われるがまま、後ろを向く。

 すると、クルリが俺の背中にぴったりとくっ付けてくる。


「な、なんで身体を……?」

「こ、こんなはしたない真似、クルリだってやりたくてやってるわけじゃないんですからね。出来るだけ近い方が効果がより発揮出来るんです」

「効果?」


 何だろう? 俺の身体の中の悪い力でも探るつもりなのだろうか?


「では、やりますね」

「ん?」


 言うや否や、クルリの身体が背中越しでも分かるほどに、明るく輝き始める。


「なに、何なの!? 背中熱っつ!」

「では…………死ねやこの悪魔野郎めぇぇぇ!」

「ちょぉぉぉ!?」


 次の瞬間、クルリを中心に大爆発が起こる。

 森を揺るがす大轟音、視界を遮る土煙。


 俺は寸前でなんとかクルリを振り払って爆発の影響から逃れることが出来たが、もし巻き込まれていたらと思うと背筋が凍る。

 

「ちょっと、逃げたら駄目じゃないですか、ツクモさん」


 未だ晴れぬ土煙の中、クルリが非難の声を上げる。


「逃げるに決まってるだろ! 殺す気かよ!」

「殺す気なんてないですよ。この〝悪魔滅殺魔法〟は、悪魔に対しては絶大な威力を発揮しますが、善なるものにはなんの効果も示さないのです」


 そう話しながら、徐々に晴れていく土煙の中から現れたクルリは、


「ぼっろぼろじゃねーーーか!」

「何の話ですか? この悪魔滅殺魔法は、悪魔とその従者以外にはなんの効果も示しません」

「周りの木が吹っ飛んでる時点で絶対嘘だろ!」

「そんなことはありません、ほらクルリは無傷ですよ。げんげん元気ですよ――ゲフッ」

「元気なやつは吐血しねえよ!」

 

 服も身体も酷いもんだ。あ、フラフラして転んだ。


「はぁ、悪魔滅殺魔法は少し疲れるんですから、次は逃げないで下さいね?」


 足を杖代わりにゆらゆらと立ち上がるクルリ。


「明らかに瀕死状態なのに、少し疲れるで押し通そうとするのすげえな。狂気を超えて逆に尊敬するわ!」


「狂気とは失礼な。この悪魔滅殺魔法は覚えるのは簡単、必要な魔力も少量、虫も殺したことの無いような善良な農民が、ものの数分で立派な鉄砲玉へと変貌する素晴らしい魔法なのです!」


「鉄砲玉とか自分で言っちゃってる時点でアウトだろぉ!」


「ちょっと何を言ってるか分からないですね」


 こんにゃろ。相変わらず、都合の悪いことだけは聞こえない耳してんな。


「では続けます。次は避けちゃダメですからね」

「って、まだやる気かよ! 次やったらお前本当に死んじまうぞ!?」


「死ぬ? えへへ、何をご冗談を。この悪魔滅殺魔法は、魔力の消費が激しいだけで、身体には何のダメージもありませんよ?」


「あぁぁぁぁぁ話通じねぇぇぇ。宗教マジ怖ええぇぇぇぇぇ」



        ◇


「じゃあ、分かった。分かったから! 水、水にしよう!」


 もう一度あの悪魔滅殺魔法とかいうのを使ったら、次こそクルリもただじゃ済まないだろう。

 死なれたりでもしたら、さすがに寝覚めが悪い。


「あ、水責めにします?」


 俺がやっと決断したのが嬉しいのか、クルリが表情を明るくする。


「だから、水責めって言うなよ!」



 ――そんなわけで、俺たちはクルリの案内の元、再びエトラスの街へと入る。


 そして今、俺は聖水(?)に満たされた湖の上──空中に吊るされた檻の中に居た。


「聞いてないんですけど……水責めは許可したけど、こんな檻に入れられるなんて聞いてないんですけど。人間の扱いじゃねえよ、こんなの……」


 しかも、なんか街中の人たち集まって来てるし。

 さっきから「沈めろ!」「沈めろ!」「沈めろ!」ってコールが鳴りやまない。


 人間とはかくも残酷になれるものなのか。

 正義の為なら人はどこまでも残酷になれるって、仏教と特撮ヒーローが言ってたもんなぁ。


「……やっぱりこいつら皆殺しにしてやろうか?」


 いや駄目だ。短絡的になるな、山田ツクモ! 

 俺はギルドのお姉さんに『新人なのに凄いステータス』とか『あ、あの……絶対無事に帰ってきてくださいね』とかデレさせるまでは絶対に諦めない!


 ――さっき、ギルドのお姉さんに自爆で殺されそうになったけど。


「ぶつぶつ言ってるところ悪いですけど、そろそろ観客のボルテージがMAX過ぎて暴動に変わりそうなので沈めていきますね~」


「人が死ぬかも知れないのにボルテージMAXって、この街大丈夫か!?」


「この街は創星教の信者さんが多いのでこんなもんですよ~」


 そう言ってクルリが笑う。

 こんなもんで流したらいけないと思うよ、これ……切実に。


「では沈めますね。十五分くらいしたら引き上げてあげますので、もしそれで生きてたら無罪放免ですよ~」


「軽く言うなよ!」


「ねぇ、アンタ。ご主人様しぶといから十五分じゃなくて、三十分くらい沈めておきましょうよ」

「ちょ、ロッテてめぇ、余計なこと言うんじゃねぇぇ――ぶほっ、まだ喋って、ふごごごごご」


 こうして、俺は冷たい冷たい水の底に沈められたのだった。

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