第8話 人間に生まれた時点で結構詰んでね?

 俺が異世界から来た――という話を最初は全く信用しなかったアスタロッテ。


 そこをなんとかこじ開けるように、俺は懇切丁寧こんせつていねいに、前世のことや痴女天使に出会ったこと。

 転生するに至った諸々の事情(一部誇張)をアスタロッテに説明する。


「なるほど、ご主人様は異世界から来た異世界人だと。向こうの世界で美少女を格好よく助けて死んだ後、その痴女みたいな天使に導かれてこの世界にやって来た……そういう頭の病気なわけね」


「頭の病気じゃねぇよ! 本当に本当のことなんだよ!」


 何だよ、その目。かわいそう半分、さげすみ半分な目で俺を見るのは止めろ!

 褐色悪魔っ娘にそんな目で見られたら、ちょっとドキドキしちゃうだろ!


「ていうか、この世界には俺以外に異世界からやって来た人間とか居ないのかよ? お前、魔王軍とやらの幹部なんだろ? そういう情報、入りやすかったりするだろ?」


「あー、私、友達居なかったから……」

「…………そっか、なんかゴメン」


「だから、もしかしたら異世界人ってのは他にもいるかもしれないけど、むしろ魔王軍の中で私一人だけが知らされてなかった可能性もあるかもだけど……」


 泣きそうな顔で、テーブルを指先でぐりぐりぐりぐり始める大悪魔。

 穴を開ける気なのかと思うほど執拗しつような動きが可哀そうで恐ろしい。


「すとっぷ! すとーーーっぷ! 悪かった、この話は止めよう! 俺、異世界人! お前、それ信じる! それでこの話終わり。おーけー!?」


 人間関係のごたごたは俺にも刺さるところがあるからな。


 死んだ目で語り始めるアスタロッテの言葉に耐えられず、俺は会話を強引にぶった切る。


「そうだよな。お前十年も封印されてたのに誰も助けに来てくれなかったんだもんな……四天王なのに。察してあげられなくてごめん。四天王が封印されたら普通は誰か助けに来るよな……四天王なんだし」


「現実を突きつけるのやめて……」


「嫌われてたんだ……」


「嫌われてないやい! 人付き合いがちょっと苦手だっただけだい!」


 ──そういうことにしておいてやろう。


 とはいえ話してみるに、そんな毛嫌いされるほど悪いやつじゃなさそうだが……。


 そう考えると、


『千の魔物をひきいて人間フルボッコにした』


 みたいなこと言ってたけど、あれも今となっては嘘くさい。

 第一、友達いない奴が千の魔物を率いれないだろ。


 ……こいつ、俺と同じ匂いがするし、話を盛りに盛ってるんだろうな。


「ま、ご主人様の言い分は分かりました。ご主人様は異世界からやってきたばかり、という頭のご病気だから、この世界の常識を何も知らない……と」


「ご病気じゃねえよ! 丁寧に言えば許されると思うなよ」


「わかった、わかりましたって。じゃ、食べながらつまんで説明してあげるから、ほら食器取ってご主人様」


 なんか扱いがだんだん雑になって来ているような気もするが……。

 まぁ良いか、この空気感も悪くない。


 そしてロッテは自分の作った食事を口にしながら、俺にこの世界について語ってくれていた。


「この世界――エウロパを創った創星主そうせいしゅは、人間や亜人種、悪魔族、他にも様々な種族を作りました。そして其々に特有恩恵を与えたのです」


 子供に昔話を聞かせるような口調。

 よほど慣れ親しんでいる話なのか、つまづくことなくロッテは流暢りゅうちょうに語り続ける。


「エルフには高い知能を、ドワーフには高い技術を、悪魔には強力な魔力を、魔獣には強靭な肉体を……そして、人間族には他の種族を従わせることが出来る力を授けたのです――」


「他種族を従わせる力……」


「そう、人間族と他種族の間で交わされる絶対順守の契約。人間が何かしらの代償を支払い、他種族がそれを承諾した場合のみ成立する主従関係」


「……それが〝人異の契約〟か」


 なるほどな、それがこの世界において人間を人間たらしめる根底的な力なわけだ。

 それを知らないとか言ったら、そりゃ頭がおかしいと思われるても仕方ないか。


「まぁ、主従と言ってもその関係性も様々で、それこそ奴隷のように扱う人間もいれば、友人のように触れ合う人間もいるらしいけどね」


「人間は皆、その人異の契約の力を持っているってことか」


「そうよ。それが人間族に与えられた創星主の力」


 ――ってことは、この世界の人間は、全員ビーストテイマー。

 魔物使いってことになるわけか。


 職業選択の自由はどこへ?


 これがRPGだったら、酒場で仲間集めようと思っても、全員『魔物使い』って表示されるんだから萎えるよな~。


「とはいえ人間の中にも、剣聖と呼ばれる剣の達人とか、マーリン的な大魔法使いとかいるんだろ?」


 人間オール魔物使いとは言え、その中でも当然、剣技に長けている奴、天才的な魔法の使い手とかが居るのは当然だろう――。


「剣聖? 大魔法使い? いないわよそんなの。人間族は弱いの、最弱ザコ種族なのよ? 人異の契約がなければ何にもできないポンコツ種族」


「うそ、まじで」


「本当よ。人間は、力も魔力も知力や技術力も、それぞれを得意とする種族の足元にも及ばない。人間が他種族と渡り合うには〝人異の契約〟以外に方法はないの」


「マジかよ……あ、でも、勇者ってのがいるんだろ!? お前、勇者に負けたって……」

「十年前、私を倒した勇者はエルフ族だったわ」


「マジですかい……」


「マジですわよ。分かった? とにかく人間族は最弱なの。稀に強力な種族と契約している人間もいるみたいだけど、大抵は餌で釣られるような力も知能も低い低級魔獣としか契約していないわ」


「低級な魔獣としか契約できない……」


 そりゃそうか。人間自体が弱いんだから、自分より強い種族と契約するなんてまともな方法じゃ出来るはずがない。


「で、余程強力な存在と契約しようすると『命を寄越せ』とか無茶ぶりされるわけだ」


「そうそう」


 そうそう、じゃねえよ。嫌味言ってんだよ。

 美味そうに骨付き肉しゃぶってんじゃねえよ!


「話をまとめると――人間はよわよわザコ種族。頼みの綱の〝人異の契約〟も低級魔獣としか契約できないと……あれ?」


 この世界の人間、大丈夫なんか?

 人間に生まれた時点で結構詰んでね?

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