第2話

男はつかいに出された。


暑い夏の日だった。


頼んだのは長者の娘だった。

手紙を届けてほしいと。


男はそれを受け取り、走った。


娘は困っていたから。


何とか助けてあげたいと思った。

涙を止めてほしいと願った。


だから、全力で走った。

暑い夏にも。日差しに焼かれても。


山を一つ越え、川を二つ越え、森を三つ抜け。

笹に切られ、体を傷だらけにしても。


休むことなく走り続け、娘の想い人へ手紙を届けた。


ささやかな雨が男の火照った体を冷やしていた。


手紙を届けた人は、笑った。

あざけりだった。

男をさげすみ、娘もバカにした。


「まさか、本気にするとは!」


手紙は破り捨てられ、門は閉じられた。


男は黙って、その家をあとにした。


また走った。

森を三つ抜け、川を二つ越え、山を一つ越えて。

ぼろぼろの体、服もすり切れても。

日差しに焼かれても。滝のような汗にまみれても。


「そう……」


長者の娘は、うつむいた。

泣いていた。

だまされたと信じたくなかった。


「嘘つき……っ!」


娘は顔を上げると、男を罵倒ばとうした。

この世にあるすべての汚い言葉をぶつけるほど。


男は黙ってそれを聞いていた。

耐えた。

娘の悲しみがそれでまぎれるならばと。


娘のあまりにも悲痛な声に、ついに家のものが出てきた。

何事かと、娘にたずねた。


「あのものが、私に嘘を言ったのです! 私の頼みごとを、なんてことないちっぽけなことだったのに……。それを果たせず、あまつさえ私をあざむくのです!」


男は牢に入れられた。

男は何も弁明しなかった。


娘はだから「やはり……」と、男を嫌悪し、長者の父には男を死刑にしてと懇願した。

男の目の前で。


それでも男は黙っていた。


それで彼女がいやされるなら。


男は何も言わなかった。

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