ありふれた昔話

第1話

昔話をしよう。


いつの時代?

どこの国のこと?

いいじゃないか、そんなことは。

ただ、とてもとても昔のことと、そう思って聞いてくれればいい。


つまらない話だがな。


男がいた。

寂しい男だ。

天涯孤独てんがいこどくく当てもない。


女がいた。

天女だ。

天界の姫君で、いつも誰かがそばにいて、かしずかれ、にぎやかだった。


どちらも、夢を見ていた。


「最高の伴侶に出会えますように」


男は変わり物だった。

そう見られていた。

村の者は皆ひそひそと、彼のことを「天を見る人」とささやいた。

ひまがあれば山のいただきで、空の向こうを見ていたからだ。


「なんで、あんたは天を見る?」

訊いたものがいた。

彼は言った。


「父と母から、よく天界の話を聞いていたから」


「天女でも迎える気か?」

男は笑われた。

男は薄く笑い返した。


「ああ、そうだといいな」


男は働きものだった。

正直者でもあった。

死んだ母の教えだった。

正直者でいなさいと。

父も言っていた。

誰かを助ける人は、きっといつか誰かに助けられる。

父と母も働きものだった。

人のために働いていた。

結局、働き過ぎて死んでしまったけれど。

それでも絶対、天には迎えられたに違いない。

男はかたく信じていた。


きっと天は見ていてくれる。

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