第17話――灰色の仏壇
二人は、恐る恐る近づいていく。
増岡が川本に向かって頷き、率先するように、そっと襖の取っ手に両手を伸ばし、戸をゆっくりと横へ開けた。
和室の畳部屋だった。九畳ほどの広さだ。
電気は誰が点けたのだろうか?
和式の吊下式の照明でとても薄暗く、あともう少しで玉が切れるかと思うぐらいの暗さだった。その吊下照明には、電気を入切するための紐はぶら下がっていない。
増岡捜査員は照明を見上げた後、畳部屋の中に向かって呼びかけた。
「誰かいますか? もし……?」
返事はなく、人の気配はなかった。全く使用していないような畳の匂いと黴の臭いが混ざって鼻に突いてくる。
先に増岡が足を踏み入れた。川本も続いた。
部屋の奥に目をやると障子の戸があり、右片方が中途半端に半分だけ開いている。
向こうは縁側なのだろうか。増岡は警戒しながら、そちらに近づいた。
縁側をすぐ入ったところに、三人ずつぐらい向き合わせで座れるような座敷用の長机が、横向きに置いてあった。左にライトを当てると、狭くて暗い板葺のスペースで壁に戸はなく、見上げても、照明はなく真っ暗だ。見渡す限り誰もいない。
増岡は、振り返った。縁側手前にへこんだ床の間があり、掛け軸が吊るされていた。ライトを当てると、三文字程で何か書かれてある。
漢字だろうか? 掛け軸はかなり古びていて、かつ達筆なので読む事はできない。
「これは、誰だ?」
ふと、真後ろにいた川本捜査員の声で、増岡は振り返った。
床の間と向かい合わせになるように、灰色で木製のかなり古びたぼろぼろの仏壇が置いてあり、その手前に遺影が置いてあった。
写真は白黒で、見た感じ三十代くらいだろうか。女性が写っている。黒の着物を着て、微かに口元に笑みが浮かんでいるようにも見えた。
川本が仏壇を調べようと、その下部にある小さな棚を引いた。すると、その振動で仏壇の中に入っていた位牌の一つが倒れた。
「気をつけろ! 私物だぞ」
増岡が窘めるように声を上げた。
「ああ……すまん。うっかりして……つ……!」
ふと、川本は指に棘がささっていることに気づき、それを抜いた。
仏壇の引き出しがボロボロで、引いた時にその木片が刺さったのか。白い手袋の下から少し血が滲んでいるのが見えた。
「……たく」
川本はその場で手袋を交換した後、位牌を元の位置に戻そうと手を伸ばしたが、つい左手に持っていたライトを畳の上に落としてしまった。それを先に拾おうとして、両手を畳についた。
ふと、彼は咳き込んだ。咳は、その後も連続して続いた。
「おい。大丈夫か? ……」
床の間を調べていた増岡が振り返った。
「……? ……」
増岡は呆気にとられたように、その場で静止してしまった。
畳の上に両手をついた川本が、頭を何度も上下に揺らしていた。
「……川本……?」
その異様な光景を見て、増岡は恐る恐る背後から伺うように近づいた。
「おい……?」
増岡が、彼の左肩に手を置いて少しだけ揺さぶった。
すると、突然、川本の体がうつ伏せのまま崩れるように勢いをつけて倒れ、バキッという音とともに彼の首が真横に曲がったのがわかった。
「……!」
増岡は驚いて思わず後ずさりし、唾を呑み込んだ。
恐る恐るまた、川本の傍に近づき声をかける。
「川本?」
返事はない。
増岡は、うつ伏せで顔だけをこちらに向けている川本の頬を、軽く叩き呼びかけた。
「川本? ……おい?」
反応はなかった。
「ま、まさか……」
慌てて川本の首筋に指を当てた。
「ひっ!」
脈が全く感じられず、増岡は思わず震えながら起き上がった。
川本は目を開けてこちらを見ているが、全く動いていない。
「き……! 救急車!」
増岡が慌ててズボンの両ポケットを探るように携帯を取り出し、一一九番を押したが、呼び出し音の途中で途切れてしまった。
「電波が弱い……! くそ!」
取り乱した増岡は襖に向かい、部屋を出て行こうとした。
しかし、ふと、背後に何か気配を感じ、恐る恐る振り返った。
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