第2話:これが敵……いやあぁぁぁぁッ!

「いたぁ、い」


 まどろむ頭を抱えながら、大昔のカメラのようにゆっくりピントが合っていく……記憶が混乱してる?




「シノ、アリス、大丈夫!?」

 レイナの絶叫が鼓膜に刺さり、頭の中の霧がサッと晴れた。


 どうやら気を失っていたようだ。どのくらいの時間がたっているのか。

 あたしは、レイナやアリスと一緒にいまだ戦車の中にいた。




「なんなの。敵襲?」


 カサカサカサカサ……


 砲術モニターに映るのは、大地を覆い隠すほど大量のソレ。


 カサカサカサカサ……


 あぁ、ヤバい。ヤバい、ヤバい、ヤバいぃぃッ!


 カサカサカサカサ……




「ステンレスのゴキブリっ!!!」




 それが敵の姿!

 それが敵の正体──敵、って何だっけ?


MIATouミアトゥよ」

レイナがドヤ顔で言った。


「Machine Intelligence Artificiell Touffe」

 アリスが不思議な呪文を──ああ、正式名称か。なんかよくわかんないし、長ったらしいから、


「ステンレスのゴキブリでいいじゃん。色はメタリックシルバーだけど、大きさも見た目もゴキブリとそっくりだし……ほら、触覚がうねうねしてるぅぅ、キモい」


「あれは触覚じゃなくてアンテナ。あいつら自体はドローンのようなもので、基本的な行動パターン以外は無線指示を受けてる。本体はココとは別の場所にいるのよ」


 レイナは勝ち誇ったように顎をあげ、得たり顔で解説する。

 知ってるわよ。それなら戦車隊に配属されるとき──いや、そのまえシビリアンエリアからミリタリーエリアへ移る際に軍人さんから説明を受けたわ。


 それに、

「あいつら軍隊を壊滅させたんでしょう、キモいわ」


「壊滅してないわよ。現にこうして戦っているじゃないの」


「あたし軍じゃないもん」


「軍なんだから似たようなものでしょう。おふねは無傷なんだから大丈夫よ」


「お船っていうか、潜水艦? あんなデカいもの、よく建造したわねぇ」


「戦争序盤は、まだ人類側も余力があったそうよ。それが自己増殖で、あっという間に増え続け、陸地は連中が支配してしまった」


「ほら、やっぱり壊滅……」


「してない!」




 ぐわぁんッ、と再び車体が傾く。間髪入れず閃光と土煙。吹き上がった泥が雨のように音をたてて降り落ちる。


 こいつらは口からレーザービームを発射する。座高が低いためか、命中精度は悪い。でもまともに食らったら、いくら複合素材の強固な装甲でも貫通する威力はある。あたしらも穴だらけにされる。


「下がって!」

 レイナの絶叫。アリスはコンマ数秒で車輪を逆回転させた。


「シノ、狙って!」


「わかってる!」


 あたしは照準画面を制圧するステンレスのゴキブリへ向けて大砲の引き金を引いた。

 滑空砲がゴキどもを蹴散らす。


 しかし、それもつかの間。


 どこから湧いてくるのか再び……カサカサカサ……と6本の脚を高速で動かしながら何十……いや、何百匹と集まってきた。




「うきゃぁぁぁ、キモいキモいキモいぃぃぃ……、」




 滑空砲の連続射撃。

 ゴキの躰がバラバラになって内部の油と一緒に宙を舞っている。その肉片(?)の一部が照準用カメラにべったり貼り付いた。

 地獄絵図だ。

 狂喜乱舞だ。

 コレは、もうイジメだ。訴えてやる……え、誰を?



 ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★



「キミはいったい誰なんだ」


 真正面から真面目に聞かれた。白衣の真面目そうな医者に。

 聞かれても答えようがない……だって、それはあたしが知りたい。


 あ、でも不思議と言葉はわかる。日本語?……なのかなぁ、聞いている分にはそうなんだけど、文章に書くと違うのよね。英語っぽい。でもわかる。英語の通信簿は『2』だったのに。


「倉庫を出たら、そこは街中だった。彷徨いていたら不審者になった。警察に捕まった。取り調べを受けて、ここへ連れてこられた。なんでこんなことになっているのか、あたしが聞きたいわ」


 でも既にこのとき、あたしは理解していた。

 理解したくない、というか「んなラノベじゃあるまいしぃ」と笑い飛ばせる状況ではない現実に、ここは『異世界』なんだと認めるしかなかった。


 だって、

「天井がある」


 ブティックもファンシーショップも、デパートも映画館も、学校らしき建物もあった。高層マンションも居並んでいた。狭いエリアにぎっしり詰まった感の大都会。

 当初はそんな印象があった。でも違和感はすぐに訪れた。


 外のハズなのにお日様がいないのだ。

 最初は「地下街かな」と考えたが、そこは延々と天井があった。青空なんてどこにもない──密閉された灰色の空間だった。


「お日様が見たいっ!」

 と、半狂乱でパトロール中のおまわりさんにしがみ付いた。


 もちろん、この世界にもお日様はあったのだ。

 わたしが転移(?)させられたのが超巨大「潜水艦」の艦内だったというだけの話だ。




「はは……なんだ、これ。どうなってんの、この世界」




 その後、あたしには「記憶喪失の可愛そうな」というレッテルが貼られた。

 別の潜水艦(なんと、この世界には何隻もの超巨大潜水艦がある!)から来た政府のなんとかいう偉い人の計らいで、潜水艦内のシビアン・エリア──民間人居住区に住む権利と場所。それから高校への編入手続きがなされた。


 この世界に「未成年者は大切にしよう」という、かつての世界と同じ概念があって助かった。

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