パンツァーフォー

猫海士ゲル

第1話:あたしの異世界生活を紹介するわね♡

「海は広いなぁ〜、おおきぃぃぃ、なぁぁっ♪」




 ざっぱーーんっ、ざざざ、ぱーんっ!!!




 波は荒れ狂っていた。しお波飛沫なみしぶきを朝日の白い光が濁らせる。


 戦車はあたしたちを乗せて海岸線を疾走していた。



 そう、車だよ。

 車ではない!


 全長は10メートル。

 日本の高級車クラウンが約5メートルだから、縦に2台つなげたくらいかな。とはいえ戦車の中では、あたしたちの「六号」はかわいいサイズだ。初期に製造された「一号」やその発展改良型の「二号」に至ってはマンモスさんとタイマン張れる。

 もっともこっちの世界でもマンモスは恐竜と一緒に絶滅したっぽいけどね。


 ……あれ、マンモスと恐竜って生きてた時代が違ったっけ?


 まぁ、いいか。

 かわりに「六号」の速度は、おおよそ80キロと戦車の中では俊足。


 そして大きな大砲がにょっきり生えている。実に勇ましく立派。

 正式名称は「110ミリ滑空砲かっくうほう」らしい。

 一キロ先の目標を狙える優れもので、しかも蛇行運転しても砲の先端は目標を追尾し続ける──この相手をしつこく追い続ける『ストーカー機能』は六号の得意技らしい。他の戦車はもっと淡泊だ。


 無限軌道むげんきどう──キャタピラの振動が全身を揺さぶり、一瞬は小さく揺れ動くが、次の瞬間には大きく波打つ。まるでジェットコースターだ。




「ね、」



 同意を求めつつ後部座席へ振り向く。

 キュロットからのびた、むき卵のようなナマ脚が視界を覆った。あたしの肩に乗っかるほど接近している。美しいの主は車長しゃちょうのレイナだ。


「何の話よ」


 相変わらず冷ややかな態度だ。

 彼女はあたしのように浅黒い肌でもなければ、茶髪でもない。雪のような白い肌に艶やかな黒髪。お人形さんのような美少女だ。


「ジェットコースターみたい、ね」


「シノ、元の世界の話題はやめてよ。この世界には、そんなもの存在しないんだからの人たちに聞かれたら説明が面倒でしょう。それから、走行中は暇だからって気を抜かない事。どこに敵が潜んでいるかもしれないのよ」


 レイナは言うけど、砲手ほうしゅってほんとやることが無いのよね。

 「三号」や「四号」の全部の一世代前と違って「五号」や我が「六号」は自動装填そうてんだし、目標まで自動で捉えちゃうんだもん。


「ありすぅ、代わってあげようか」


 退屈から抜け出したいあたしは、一段低い場所で二本の操縦かんを握りしめる金髪碧眼の美少女に声をかけた。


 戦車のキャタピラは左右それぞれが独立した操縦桿で動く。単純だけど複雑だ。

 慣れも必要だが適正というか、感のようなものが重要。

 三人のチームの中ではアリスは操縦手そうじゅうしゅ適正がずば抜けていた。


 でも、走らせるだけならあたしにだって出来る。


「大丈夫ですよ、シノお姉さまぁ。レイナお姉さまも、アリスに任せてゆっくりしててください」


 ふたつ年下なんだよなあ。

 でも、この子がいう『お姉さま』は少し意味合いが違っているんだけど。

 

 と、レイナへ振り返る。


「な、なによ」


 雪のように白い肌が、ぽっと赤らんだ。かわいい。

 思わずナマ脚をすりすりする。


「ひゃぁ、な、なにすんのッ!」


「あによぉ、昨晩は気持ちよさそうによがり声あげてたじゃん」


「あんたは、歌舞伎町で女遊びに興じてるエロ中年か」


「あー、歌舞伎町って言った。この世界に存在しない地名言うの禁止」


「と、とにかく今はダメよ。戦闘警戒中でしょ」


「お姉さまたちだけでズルいッ、アリスも混ざるぅぅっ!」

 金髪碧眼の美少女が、足下の洞穴操縦席からよじ登ってきた!?


「「ちょ、アリス。操縦桿を離したら……」」


 あたしもレイナも同時に叫んだ。


 次の瞬間には、戦車が「ががーんっ、」と片輪を浮かして傾く。

 狭い車内は阿鼻叫喚!

 凄まじい振動と──何かしらの


「敵襲ッ!」

 レイナが叫んだ。



 ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★   ☆★☆★



「いたぁ、い」


 まどろむ頭を抱えながら、大昔のカメラのようにゆっくりピントが合っていく……京子ちゃんセンセイから叱責されて、んで、その後どうなったんだっけ。

 ちょっと宿題を忘れたくらいで、そこまで怒ることはないでしょうに……ようやく合ったピントで周囲を見回す。壁に囲まれた、小さな部屋であたしは一人倒れていた。


 薄暗くて、蛍光灯(?)一本が明滅している倉庫のような場所だった。

 この世界に来たときの、それが最初に見た光景だった。


「ここ、どこ?」


 第三女子高の制服姿のままだった。第二ボタンが解れかけているところもそのまんま。

 茶髪のショートヘアーを両手でわしわしする。


「はて?」


 とりあえず立ち上がって我が身を確認。

 スカートのプリーツが緩くなっているのもそのまんま……うん、間違いなくあたしの服だ。


 スニーカーは履いていた。それなら次にやるのは、

「これがドアだよね」


 鉄扉てっぴのノブに手をかけた。

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