3

 私は、夢を見ていた。思い出そうとしても、霞がかかって、よく思い出せない。ただ一つわかるのは、それが良くないものだということだった。


「並風団地.....」


 私が住んでいる家の名前だろうか。なんだか、解放された気分だ。いつも以上に、心が軽い。

 私は、学校へ行く準備をした。何が必要かは、体が覚えていた。


「学校、どこだっけ」


 私は、迷っていた。この辺りだということはわかるのだが、どこかはわからない。

 私は名前がわからないものもあるので、看板をよく見ていた。政司川、雄也坂、津島町内を回っているのだが、いまだに学校が見えてこない。


「いた!燈!」


 誰かの声がする。誰かは、わからないけど、聞き馴染みのある声だ。

 私は、声のする方へ振り向いた。


「え〜と、誰?」

「なんだよ、忘れたのか?俺だよ俺、春馬だよ」


 春馬、確かに知っている気がする。だけど、あまりよく覚えてはいない。ただ、一緒にいて、悪い気がしないのだけは確かだ。


「それよりも、早く学校行こうぜ」


 私は、その勢いに飲まれつつも、早足で歩く春馬についていった。周りの景色は、見覚えがあるようで無いような.....。なんだか気持ち悪い。

 学校は、紡木海のそばにあった。なぜだかわからないが、この名前だけはすぐに出てきた。


「機高校.....」


 これもだ。これも名前は覚えてる。でも、どうしてだろう。ここでは、わかるものとわからないものが、入り混じっていた。わかるのが、ほんの一握りしかないところにも、違和感を覚えた。


「なにぼーっとしてんだよ。ほら、早く早く」


 春馬はそういうと、靴を履き替えて『早く来い』と言わんばかりの目でこちらを見ていた。私は、靴を脱いで静止した。下駄箱の位置がわからない。何十個もある下駄箱には、四桁の番号が書かれたシールしか貼られてはいなかった。


「ん?どうしたんだよ。まさか、自分の下駄箱を忘れたなんて、言わないよな?」


 数秒間の静寂が、この空間を飲み込んだ。春馬は『まじ?』という顔をしながら、こちらに歩いてきて、私に下駄箱と思われるものを指さした。

 私たちは、上履きを履くと教室に急いだ。


「何やってたんだ、お前たち!とっくに、授業を始める時間だ」


 誰だろう。立場的に、彼女は先生だ。だけど、名前が出てこない。

 私が、迷っていることを悟ったのか春馬が、先生の名前をこっそり教えてくれた。


「桜田緋寄だよ」


桜田緋寄、どこか聞き覚えのあるような.....。

 私がそう考えている間に話が進んでいたのか、成瀬山にキャンプに行くことになっていた。

 私たちは、凸凹な山道を進んで開けた場所に来た。ここなら、近くに時哉池という水辺がある。


「ここが良さそうだな」

 

 場所が決まったので、役割分担をして、別行動することになった。私は、焚き火の枝集め係だった。

 下を見ながら、良さそうな枝を探していく。ふと上を見上げると、目を惹かれるものがあった。次の瞬間、私の腕に抱き抱えられていた枝が、あるものに変わっていた。


「燈!どこ言ったんだ」


 燈が消えてから、一時間が経った。緋寄と春馬の二人は、燈が入った森の方を中心に探していた。


「先生!」


 春馬は、別方向を探していた先生と合流した。先生は、一つの木を見上げていた。そこには、首を縄で縛り吊るされた燈の姿があった。


「.....」


 風が木々の隙間を通って、葉をカサカサと揺らした。静寂が続くこの空間は、不敵な笑みを浮かべる緋寄にとても似合っていた。


 

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