第13話 旦那様の不安

 勘違いしていたのは、私の方だった。


「ド、ドニ……本当に、そこで寝るの?」

「うん。そう言ったじゃないか」


 言った……かな?


「一人で寝るのは不安かなって。だから、ここが正しいと思うんだけど」

「で、でも、同じベッドで寝たことなんて、今までなかったじゃない」


 だから承諾したのに。


 ネグリジェに着替えた私は、ベッドの脇で訴えた。すでにベッドの上にいるドニに向かって。


「僕も忙しかったし、ルエラも公爵邸に慣れるので大変そうだったから、ゆっくり休んでほしくて」


 まるで、したくてもできなかった、と言わんばかりの言い訳だ。


「でも、今日は話も聞いてくれるって言うから、いいかなって思ったんだ。あまり間を置くと、ルエラも聞き辛くなるだろう?」

「ふふふっ。そうね。そういうことにしておいてあげるわ」


 拗ねた態度など、あまり見たことがなかったからだろう。あっという間に、私の緊張はなくなった。


 そっとベッドの端に座り、ドニを見る。すると、その位置が不満だったのか、腕を引っ張られた。

 勢いが余ったのか、最初からそのつもりだったのかは分からない。抱き締められるほどの距離まで、縮まってしまったのだ。


 さらにいうとドニの格好は、私と同じ寝間着姿。女性のネグリジェと違って、普段の格好とそんなに差はない。ラフな格好だ。

 けれど、ボタンを上まで止めて寝る人物は少なく、ドニもまた例外ではなかった。


 きちんとした格好もいいけれど、時々ラフな格好も見せてくれるドニ。そう、第一ボタンを外した姿なら、今までも見かけたことはあった。でも、第二ボタンまでは……!


 目のやり場に困って顔を上げると、どうしたの? とでもいうような、困った顔で首を傾けられた。


「あまり、大きな声で話すような内容じゃないから、遠いとちょっと……。だから、多少は我慢してほしいんだ」

「あっ、ごめんね。配慮が足りなくて」

「ううん。それと、実は僕の方がルエラに聞きたいことがあったんだ」


 妙に素直な反応に、私は身構えた。いつもはのらりくらりと、本心を見せているようで見せていない、そんな掴みどころのない人物だったからだ。


「大丈夫。そんな変なことじゃないよ。どっちかっていうと、ルエラと同じかな」

「私と?」

「うん。僕の話を聞いて、気味が悪いって思わなかった? ここから、出て行きたいって思ったんじゃないかなって、ちょっと心配になったんだ」

「そんなことは思わないわ! むしろ、ドニは私の理解者なのに、どうして出て行きたいって思うの?」


 私がドニに詰め寄ったのと、ドニが私を引き寄せたのは、どちらが先だったのだろう。シャツ越しに感じるドニの体温に、ドキドキが止まらなかった。


 そんな私とは裏腹に、ドニは腕の力を込め、さらに苦しそうな口調で告げた。まるで、許しを請う子どものように。


「僕は君を閉じ込めようとした」

「私とリザンドロを会わせないようにしてくれたんでしょう」

「でも会ってしまった」


 つまり、想定外の出来事だったらしい。ドニにとっても。


「だから、話さないように言うしかなかった」

「……向こうはお客として来るのよ。避けられないわ」

「っ!」


 いくら話し合っても、ドニの立場や私の未来を聞いても、どうしようもない現実だった。


「そういえば、リザンドロは何かを探しに領地に来ているみたいなの。だから、それが見つかれば、ここを去るんじゃないかしら」

「探し、物?」

「心当たりがあるの?」


 ゆっくりと体を離すドニに、私は問いかけた。


「あるとすれば、ウェンディに捧げる貢ぎ物だけど……」

「ウェンディ……か。そういえば、ドニはウェンディと面識はあるの?」


 素朴な疑問を投げかけたのに、何故かドニは顔を強張こわばらせた。


「いや、ないよ。小説の中でも、今は出会う時じゃないからね」

「えっと、そういう意味じゃなくて、作者として主人公のウェンディに会ってみたいとか、そういうのはなかったの?」

「ルエラはそうして欲しい?」


 この間はドニの口からウェンディの名前が出るのも嫌だったのに、何故かそんな気は消えていた。


 ドニの真意を聞いたから? それとも距離が近づいたからかな。物理的な意味でも……。

 今日はやけにスキンシップが多いような気もするし。向けられている感情も、好意ではなく、愛情だと少なからず感じてしまったから。


 もうウェンディと並ぶ、ドニのビジョンは見えない。その代わりに見える、薄っすらとした黒いオーラ。

 私はすぐさま首を横に振った。


「ううん。リザンドロがウェンディに心酔しているのなら、会わない方がいいと思うの。昨日のこともあるし。ドニはほら、男性だから」

「そうだね。変に刺激して、矛先がルエラに向いたら大変だ」

「私はドニに向けられる方が怖いわ。……その、薄っすらとだけど、黒いオーラが見えるから」


 目を逸らしながら、私はドニに告げた。遠慮なく話していいと言った言葉を信じたくて。

 でも実際、耳にすれば態度が豹変する、なんてことはある。そうであってほしくないと思いながら、ドニの顔を窺った。


「ルエラ。見えたのは今?」

「えっ、うん。私に『そうして欲しい?』って聞いた瞬間」

「薄っすらと、か。これは多分、警告だと思う」

「警告?」


 初めて聞いた。確かにオーラといっても色々ある。濃い薄いといったものから、量、形など、様々な姿を私に見せていた。

 けれど、善悪の違いだけで、それ以上の意味までは分からない。なるべく見ないように、意識しないようにしていたせいもあるんだろう。


 それを差し引いても、サラッとドニに言い当てられたことに、私は戸惑った。十八年間、その意味すら知らずに生きてきたから、余計に。


「うん。色が濃ければ濃いほど、その意味は強くなるんだ。白いオーラだった場合はそうだな、運命の相手に出会うとか、大金が舞い込むほどの幸せが。逆に黒いオーラだと、リザンドロのように殺人を暗示する」

「今回は薄いから……」

「そう、危険に対する警告。もしくは、ウェンディに関わってはいけないという暗示かもしれない」


 私の能力を不気味に思うどころか、解説までするドニ。まるで――……。


「本物の作家みたい……」

「えっ?」


 何か思案していたからか、ドニは私の発言に、すぐさま対応できなかったようだ。私はこれ幸いと思い、質問をし始めた。


「どんなのを書いていたの? ジャンルは? この世界以外にも書いていたんでしょう」

「ル、ルエラ!? 待って待って。えっと、何だっけ、僕がどんな小説を書いていたかって話だよね」


 私はうんうん、と何度も首を縦に振った。能力よりも、そっちの方がドニにとっては奇妙に映ったらしい。若干、体を後ろにのけ反らせた。


「……推理小説だよ」

「まぁ! 私、ミステリーが好きなの! ねぇ、今はもう書かないの?」

「ルエラのミステリー好きは知っているよ。初めてあった時、『シスター・ティリーの日常』を持っていただろう。それで分かったんだ」

「あっ、あの時、他にも『ジスの庭園にようこそ』も読むのか聞いていたのは……」

「うん。僕がそう書いたんだ。あの時期、ルエラがよく読んでいた本だったから……。ね、僕の方が気味悪いだろう」


 自嘲気味に言うドニを見て、私に卑下しないで、と言った時の姿を思い出す。


「そんなことはないわ。だって、私はドニがどんな人物か知っているもの。それを悪用するような人じゃないし、むしろそれを使って、私を助けようとしてくれている。気味が悪いなんて、あり得ないわ!」

「ありがとう、ルエラ。今は君を守ることに専念したいから、執筆はしていないんだ」


 私の髪を撫でながら、柔らかい表情になるドニ。

 似たような悩みをしていたのなら、少しでも軽くしたかった。ドニが私にそうしてくれたように。


 だからだろうか、その表情に私はホッとした。さらに、何度も何度も撫でられるせいだろうか。いや、もう遅い時間だったからかもしれない。

 もっと聞きたいことがあるのに、目がしょぼしょぼしてきた。

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